第44話 人形しかいない国の王になるだろう

 ネビアは自殺する少し前に人形占い師のもとに訪れていた。人形占い師は、人間と等身大の精巧な人形を作ることができた。人形占い師の住居と兼用の工房には、服を着た人形が常に百体ほど保管されていた。モデルになった本人と人形を並べてみると、人間のほうが、腹話術師が操っている人形と思われ、人形のほうは、まばたきもしない目を開けて眠っている人と思われるほど、完全に模造することができた。お前は占いより、人形作りに向いている。いつかお前は人形しかいない国の王になるだろうと冗談で占われたこともあった。

 人形占い師と会うためには、百体の人形の中から、探さなければならなかった。多くの人形は床の上に立たされていた。椅子に座っている人形もいた。

 ネビアが声を出して占い師の名前を呼んでみても、返事はなかった。寝ているのだろうと思い、寝室を検めたが、寝床には人はいなかった。出かけているのだろうと思い、椅子の上に座って、帰ってくるのを待った。すべての人形が生きている人間のように思えた。本当はさっきまで彼らは談笑していたのかもしれない。ネビアが工房に入ると同時に、呪いで時が止まってしまった。そんな印象がついて回っていた。

 窓辺から外を眺める物憂げな貴婦人。巨大な斧を持ち上げる大男。誓いの証を立てる剣を持った騎士。椅子に座った女に、無理やり何かを飲ませている女。腕を挙げて叫んでいる老いた闘士。机の上に石を並べる老人。机の反対側には朝食を食べている老人が座っている。背伸びをして高いところにあるものを取ろうとしている幼い子供。棺桶を開けようとしている、または閉じようとしている男。鏡を覗く女。両目からは、赤い涙が流れている。金貨を手に持った男を背負っている男。鳥籠の中の鳥を指で指す男。地面に落ちたものを食べている猫。手を組んで祈っている男。何かを持ち上げて、中のものを覗いている者。その者が持っている物が落ちないように寄り添って手を貸している者。

 様々な人形が、恐ろしい命令に従うように、すべての体の動きを神のもとに預けたかのように静止していた。彼らにとってはありふれた生活の一部を喜びや哀しみを、一瞬よりも短い時の釜戸の中に、くべられ凝縮させられていた。


 ネビアは黄色いアイリソウを取り出し、この部屋に人形占い師はいるのかと花にたずねた。いない、とアイリソウは答えた。

 ではどこかに出掛けたのか、とネビアは再び訊いた。

 出掛けていない、と黄色い小粒な花は答えた。

 奇異に思ったネビアが頭を傾げると、目の前の椅子に座る、人形だと思っていた男が不意に動き出した。人形占い師の服の袖や頭髪に埃が積もっていたことに、ネビアは気付かなかった。

 人形が話をしていることに。

 人形占い師は百体の人形の中の誰でもよかった。

 毎日、人形占い師の顔が違っていたとしても、占い族の者たちは同時に他の人形の群れも見ているわけだから、誰も人形占い師の顔が、会うたびに変わっていることに気付かなった。当然人形占い師が人間ではなく、しかも他のすべての人形と取り替えが利くことに気付く占い師もいなかった。人形占い師が男の姿で用を足しに行って、戻ったときに女の姿になっていたとしても、村人は気付かなかった。他の人形たちの集合的なまなざしが、村人の記憶をねじ曲げ、正しく認識することを妨げるのだ。

「居眠りしてしまって申し訳ない」

 人形占い師は肩の埃を払いながら、ネビアに話しかけた。

「何を占おうか?」

「占いではなくて。私の人形を作ってほしいの」

「人形を作ってどうするんだい?」

「その前に一つ教えて。死んでしまったあのプーは、あなたの作り上げた人形よね?」

 人形占い師は苦しみながら首を横に振った。

「プーは死んだよ。彼のような才能のある占い師が死ぬのは、とても残念だ」

「いいえ、プーは死んでないわ。プーはあなたに自分そっくりの人形を作ってもらって、人形に血を流させ、自分が死んだことにしたのよ」

「何のためにそんなことをするのだろう?」

「占い族の村から出るためよ。私だったら、きっとそうする。私が占いの村から家出してみても、一族総出で占われて、すぐに連れ戻されてしまう。失踪するためには、一度死ななければならない。占い師の掟で死んだものを占ってはいけないというものがあるでしょ。プーは占い族のみんなに気付かれないように、人形のプーを自分の死体に見せかけて出て行ったの」

「そもそも、プーなら誰にも占えないよ。親友のドラクロワでも族長代理でも、もちろん私でも占えない」

「プーは私が占えると思ったのよ。百万回花を咲かせる儀式を行ったから。城壁はすべてなくなって、ついにプーは私にだけ占えるようになったのよ。だから、このことに気付いたの。私も人形に身代わりになってもらって、死んだことにしてもらって、村を出て、プーの後を追うの」

「君のような子が、前にも私のところに来たよ。人形を殺して村から出て行こうとする子がいたんだよ」

 

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