第43話 占い族の内乱
村の者たちは、ムカデの魂を持つとされるインダを恐れていた。それではインダが道草占い師を捕食したのかもしれない。ムカデの血に目覚め、半虫半人のインダが夜更けに、村の通りを這って蛇行していく。インダかムカデのどちらかの血で書いた手紙で、道草占い師を森に呼び出し……
村人の何人かがそのように想像したが、インダは数日前、ムカデの毒を大量に飲んで死んでいた。ネビアと同じように、プーの後を追って自殺した女だった。インダはネビアの死の後で、自分も死のうと思い至ったのだろう。女たちはムカデが自殺した、と密やかな声で囁き合った。インダは石つぶてをネビアに投げて命中させてしまったことが、ネビアの背中を押したと思い込んでしまったのだろう。それではインダは人間らしい心を持っていたのだ、と村人たちは死んだ娘のことで胸を撫で下ろした。
占い判事は、神から預けられた言葉のように、インダの直筆の遺書を取り出した。ムカデの体液で文字が書かれたのか、遺書は異臭を放っていた。そこには親友に対する良心の呵責と、愛しい人の喪失による愛の欠如という内容の文面が綴られていた。
死んだ者に人を殺せない、と占い判事は言った。インダから咎の鎖が外された。
占い族の者の占いの結果の集計は次のようになった。
マジョーを犯人だと占ったものは七人いた。棺桶職人は五人。インダの亡霊は三人。プーの亡霊は二人。失踪したドラクロワが二人だった。一人しか占われなかった者は省いた。幽霊には人を殺せないと言っているのに、匿名の何人かが死者に票を入れた。
占い判事に選ばれたものだけが、集められた占いを審理することができた。
「観念しろ、殺したのはお前だ、マジョー。これは占いなんだ。判事に選ばれた俺は、占いの神に認められているということだ。その俺の占いは間違っているというのか?」
「あんたの占いは認めない。私が占う」
マジョーは素早く胸の前で、腕を交差させた。すべての指の間にカードが挟まっていた。
「マジョーは重大な秘密を何か隠しているよ」と蟻の巣占い師は言った。
マジョーはその言葉の意味にうろたえ、指の間からカードをすべて落としてしまった。近付く蟻の巣占い師から逃れるために一歩、後ずさりした。確かに秘密を隠していた。マジョーは自分が何の咎で裁かれていたのか分からなくなった。落ち着いて話せば、弁明できたかもしれない。探偵を雇って、犯人を物理的に捜そう、とでも言えば、何とかなったのかもしれない。そうしないかわりに、マジョーは自分の秘密の罪に向かって逃げ出した。
もう一度この手にバビリッシュを、プーの子を抱きたい。
壷割り占い師を先頭に占い師たちはマジョーを追いかけた。
ブンボローゾヴィッチは、石の体になってしまったかのようにじっと座っていた。
ブザー、プー、ドラクロワ。村はどうなってしまうんだろうな?
マジョーは櫓の前で立ち止まると、追っ手を振り向いた。その途端、空からカードが撒き散らされた。カードの吹雪の中で、マジョーの姿は忽然と消えてしまった。滑車と重りとロープを使って、櫓の上に避難したマジョーは、追っ手が散り散りになっていく様子を見た。数日前に櫓に仕掛けを作っておくように、という占いが出ていたのである。マジョーは安全を確かめると、願いを叶えるために、櫓の梯子を降りて断食占い師の住居を目指して走り出した。一瞬で世界が壊れた。何が起きたのか分からなかった。マジョーは落とし穴に嵌まった。穴の中にはムカデが蠢いていた。誰も知らぬことだったが、自殺したインダが前もってマジョーが逃げて行く先を数日前に占い、逃走者を罠に掛けるためにムカデ入りの落とし穴を掘っていた。マジョーは悲鳴を上げて、穴から這い出ようとした。マジョーに手を差し出し、助け出そうとする者の影が見えた。安心してマジョーはその手に掴まった。占い判事の息子であり、壺転がし占い師のザナンタの手だった。こうしてマジョーは捕らわれて、裁きを受けることになった。
断食占い師は必死にマジョーは擁護した。
「この子は優しい子です。そんな大それた真似はできません。私が占いをしているときに、かわりにトロイをあやしてくれたんです」
壷割り占い師は断食占い師を突き飛ばし、持参した壷を持ち上げた。
「お前は占いの神を汚した」
「よせ。ザナトリア」
ブンボローゾヴィッチは壷割り占い師に体当たりを食らわせて、素早くマジョーのほうを振り向いた。
「大丈夫か?」
マジョーの顔は縦に何本かの線が入り、横にも線が入った。マジョーの顔の柄のカードが顔に何枚も並んでいるように見えた。カードは次々に裏返っていった。すべてのカードが裏返ると、ブンボローゾヴィッチは驚愕の声をあげた。
「お前はエリー」
マジョーの顔はエリーになっていた。
ブンボローゾヴィッチは腰を抜かしたまま動けなくなった。
頭から血を滴らせた壷割り占い師ザナトリアが立ち上がった。割れた壷の欠片で頭に怪我をしていた。
「やってくれたな、ブンボローゾヴィッチ」
ブンボローゾヴィッチの心は、エリーの顔の幻を見たときから、すでに決まっていた。
占い族の内乱が始まろうとしていた。
マジョーは木の枝から逆さにして吊るされた。ザナトリア派の占い師が見張り番として森に立って、族長代理派の占い師を入れなかった。ザナトリアは刑の長さを占いで決めた。逆さ吊りの刑は十年に及ぶ。気の遠くなるほどの長いときを、マジョーは逆さまの状態で送らなければならなかった。見る夢も逆さまなら、死んだ後にいく天国も逆さま。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます