第42話 背中にムカデの巣を持つ娘
プーや女たちが自殺した後に、今度は道草占い師が死んだ。死体の首に刃物で裂かれた傷跡があった。刃物が見当たらないため、自殺ではないことが分かった。死者の首の傷口は、唖者の語り手のように何かを絶えず放ち続けていた。ちょうどプーの愛用の短刀で切ったような傷口だった。
「プーの亡霊が村人を殺した? 幽霊は腕の力がない。重すぎてナイフも持てないだろう。まして、もとから力の弱いプーならなおさらだ」とブンボローゾヴィッチはプーを弁護した。
「待て。力が弱いだと? プーは流血占い師だぞ。自分の腕をナイフで切って占うのだ。ナイフも持てずにどうやって占う?」
反論されてブンボローゾヴィッチはナイフよりも小さくなった。
村の者は道草占い師を殺したのは誰か、と考えを巡らせた。ある者は探偵に犯人を見つけ出してもらうのはどうか、と提案した。
「馬鹿め。我々は占い族だぞ。お前には誇りはないのか? 探偵など不要」と厳しく窘めた。取りあえず誰が占い判事を執り行うかが決まった。
村に過ちを犯したものが出たとき、占い族の者たちが占いで判事を決める。選ばれた占い判事は、自らの占いで咎人に相応な裁きを下す。必要とあれば村人たちの諸々の占い結果を集めて参考にしてもよかった。判事は一時的に占いの神と同格に見做され、族長にも一切の権限はなかった。まして族長代理なら尚更だ。今回の場合は、犯人を探し出すことから始められた。
占い判事のもとに、次々と多種多様な占いの答えが集まった。
「占いの神によれば、ネビアに石つぶてを投げた者が、道草占い師を殺したのだという」
一つの場所に集まっていた女たちは、「ネビア」と「石つぶて」という言葉に、ひどく動揺し、お互いの顔を見合わせた。
判事である壷割り占い師は、怯えた女たちに視点を定めた。女たちはほとんど飛び上がらんばかりだった。一人の占い娘は胸を押さえたまま、何かを押し隠すようにして震え、またある女は、息を止めれば、この場をやり過ごせるかと思い、呼吸をしなかった。
壷割り占い師は静かに言った。
「お前が、殺したんだね。マジョー」
怯えた女たちは、左右に散らばった。口を開いたままのマジョーが、その場に残された。自分が何を言われたのか分からなかった。
「私は殺してない……」
誤った占いが告げられたことで、急に怒りが湧いてきたマジョーは、身の潔白を叫ぶしかなかった。
「道草占い師が憎かったのだね。プーを縄で大木に括ることを提言した道草占い師に恨みがあったんだね」
「違うわ。恨みはあったけど、みんなも恨みはあったはずよね? プーを殺したのも同然じゃない、あんなやつ。プーを木に縛り付けたんだよ。族長のドラクロワだって反対したのに」
女占い師たちは、マジョーと目を合わせないように、ある者は気まずそうに明後日の方向を向いたり、それ以外は見えないとでも言うかのように、占い判事を必要以上に真剣に見て、マジョーが何を言ったか聴こえていないふりを装った。
「ネビアに石を投げたけど、みんなで一斉に投げたじゃない? その中のどれかが当たったんでしょ?」
マジョーは親友の女たちを苦しそうに見つめた。
占いは間違い。あたしの他の残された女たちの誰かよ、とマジョーが叫ぼうとしたとき。
「私、知りません。ネビアに訊いても可哀相にもう彼女は死んでいるし、占いではマジョーがぶつけたことになっているんでしょ?」
女の一人がすました顔で言い放った。
「マジョーがやった。割った壷の一番長い欠片の先端がマジョーの家を指している」と壷割り占い師は認めた。
「あんたの占いなんか当たらないのよ」
「だったらマジョーが殺したんじゃないの、村の仲間を殺すなんて、何てやつ。罰を受けるべきよ!」
「実は石をぶつけたのは二人いるんだ。マジョーともう一人は、インダ」
ムカデ占い師インダ。その昔、壁伝いに女に逢引きに来るムカデがいた。鞭よりも長いムカデは涙を流していた。部屋で一人寝ていた女は、男の影もないのに這っていく何かの命を受胎した。ムカデの足の数と同じだけの月日が流れ、ムカデの兄弟と一緒に生まれた娘インダ。ムカデの唯一の人間らしさ、涙が、人間になる薬になってインダになった。背中にムカデの巣を持つインダ。誰も巣を見たことはない。彼女の秘密を見たがる者はいない。インダを抱く勇気のある男はいない。
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