第2部 黄金篇

第41話 棺桶職人の陰謀

 ドラクロワを乗せた馬車の車輪の回転からできた空気の揺れは、つむじになって草原を横切る風となり、占い族の村を通り抜けていった。村の通りを吹き渡った風に名前などあろうはずもなく、誰も占おうとしなかった。風占い師なら占うこともできただろうが、村にはそんな占い師は存在しなかった。

「石が花に向かって投げられたとき、その石を事前に払い落とすことができなければ、族長はすべての責を負わされ、物言わぬ石になり、村人は一人残らず死ぬことになるだろう。石がヤシの木に向かって投げられたとき……」


 人が死ぬと必ず、その死を啄ばむカラスのように、棺桶はいらんかね、とメーイェ湖のほとりから、黒いシルクハットにマントで身を包んだ棺桶職人がやってくる。始まりの女神メーイェが棺桶から目覚めたことから、いつの間にか始祖神教では、死者を棺桶に弔うという風習が根付いていった。それまでは単に土に埋めるだけの土葬が主流だった。世界の初めに棺桶が先行していて、後世になってようやく預言者たちが棺桶の意味に気付き出した。

 無防備で地中に埋められると、横穴を掘り進んでやってきた闇の者に、地獄に連れていかれる。棺桶は天国に逝くための個人的な舟だ、と始祖神教では説かれていたが、一部の人々の中には棺桶職人自体が、死の国からやってきたのだと恐れる者もいた。

 占い族の村にも例外なくやってきて、プーが死んだときの棺桶を売っても、冥界の都へ帰ることなく、しばらく女占い師スイスイのもとで滞在していた。持参の棺桶を寝床にするから、と毛布と枕だけを所望し、宿代を家屋主の女に渡した。

 すべては棺桶職人の陰謀で、売れ残りの棺桶を大量に売るために、中身となる村人を殺し回っているのか、葬式が相次いだ。棺桶職人は棺桶の表面に未来の死者の名前がすでに彫ってあるのが見えているのだろうか。それとも冥界は我々の住む世界より、少し時間が進んでいて、死者の世界に人の霊魂だけが落ちてから、ようやく現世の人は死に始めるのだろうか。

 人の死に限って棺桶職人は占い師より直感力があったのかもしれない。森のそばにでも、数十の棺桶が積まれて、神殿のように死の聖域が隠されていたのかもしれない。占い族の者が死ぬことによって、一つずつ棺桶はどけられ、神殿が消滅したときには、村は滅亡する。棺桶職人は、村の門の前に立って、人が死ぬのを笑顔で待っていた。また棺桶職人の中には、幽霊と話せる者も商売上の理由で多かった。

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