第39話 善意の手によって鉄格子が外側から

 フィガロは顔を上にして頭から横穴に潜り込んだ。かなり狭いが、フィガロの小柄な体なら何とかなりそうだった。傍らに白く光る石の首飾りを見つけて、灯りのかわりにしようと手に取ってみたが、思い直して元の場所に戻した。もう何かを盗むのはやめよう。

 フィガロは自分の魂の輝きだけを灯りにして、暗い闇の中を恐れずに進んでいった。


 神を信じることができなかった者は、極限の絶望の状況下で、最後に詐欺師を信じなくてはならなくなる。

 それは一つの教訓として正しかったのかもしれないが、ミトレラは何かを信じるかどうかを判断する資格など、自分にはないものだと思い込んでいた。ミトレラはオゾン大公妃にフィガロがいなくなったことを追及された。フィガロが横穴を使って脱獄したと知られたら、横穴は閉ざされてしまうだろう。フィガロが横穴を抜けて脱獄したとは告げずに、自分で手引きして、地下牢の鍵を開けて逃がしたと嘘をついた。善意の手によって鉄格子が外側から開かれたことを偽装した。そうすれば、次の者が地下牢に幽閉されたとしても、女子どもならフィガロが通った脱出口を抜けて助かることができる。その勇気ある決断と機転のためにミトレラは、オゾン大公妃から罰を受けることになった。聖なる嘘のために。

 爆弾の爆発で右腕の肘から先が、血飛沫をあげながら反対側の壁にまで飛んだ。主人を失った右手は血の澱みを造っていった。恐ろしく強大な力を持った腕たちは、ミトレラの動かない右手を見て、いつまでも笑っていた。もう剣を持った騎士になることはできないな、と嘲笑った。

 けれどもミトレラは右腕を失っても生きる希望を失わなかった。

 オゾン大公妃は「お前を産んだ母にも罰を与えなくてはな」と言って、邸内の薄汚れた部屋に向かい、ミトレラの母親のピサンドラ公爵夫人の背中に爆弾を埋め込んだ。魂の変化を感じ取って作動する爆弾で、他人から愛情を受けると爆発する魔法の爆弾だった。

 ミトレラはその日のうちに、出血する腕を押さえてオゾン大公邸を出た。母を見捨てたのではない。愛情を殺して生きていくよりも、遠い場所から死ぬまで母を愛そうと思った。祈りは自由に行うことができる。その祈りに応えて神は母さまを救ってくれるだろう、と思いつつ、自分がジュリアンを見殺しにしてしまったことに思い至った。

 過去に幼子オブジェウスの硝子像になった右手を拷問器具によって切断したミトレラの母親は、自分の息子も同じ目に遭って右手を失い、母子が離れ離れになるという罰を、最後に受けた。


 

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