第35話 怨念の矛先を付け替える
爆弾職人の囚人は自分の本当の名が、メサエスであることを知らなかったし、自分が大公メギド・オゾンの正当な後継者であることも知らなかった。メサエスの母はハーリカ=タビラ魔術を嗜む街娼で、名前も知らぬ美しい女だった。メサエスの父の正妻のメーイェ妃は、子どもを産めない体だった。メギド大公は、魔女の娘との間にできたメサエスを、公子に即位さようとしたが、嫉妬に狂ったメーイェ妃はメサエスを地下に隠し、身元を分からなくさせた。メサエスは一生爆弾工場で働かされることになった。
「来る日も来る日も爆弾を作っていました。私の作る爆弾が人を殺めるものだと分かっていても、生きるために仕方なく爆弾に火薬を詰め込みました。何故もっと早く自殺しなかったと責めるかもしれません。けれど、望まれなかったとしても、私は母や父に生きているうちに会いたかったのです」とメサエスは言った。
爆弾工場では多くの人が働いていた。爆弾の内部に火薬を詰め込み、蓋を閉じる。爆弾はたまに暴発し、指がすべてなくなった者もいた。それはまだいいほうだ。爆発で死んだ者もいる。爆弾庫から抜け出せないことを考えると、中途半端に腕を失うくらいなら、いっそ爆死したほうがいいのかもしれない。
作業中に手が止まったりした者は、牛頭を被った監視兵に鞭で叩かれた。ある者はすでに死んでいて、死体になっているのに、監視兵は死体にも鞭打って働かせた。死体は自分が死体になったことに気付かずに必死で働き続けた。監視兵も隣の者も誰も死体が働いていることに気付かなかった。死体が臭い出した頃に、ようやく気付いた監視兵は死体を下水道から流した。次の日、死体の主の幽霊がかわりに働きに出てきたが、やはり誰にも気付かれずに、監視兵に鞭を打たれながら爆弾を作り続けた。臭いもないので、今も誰も気付いていない。仮に幽霊自身が、自分が死んだことに気付いて、爆弾作りから解放されたとしても、今度は爆弾を作った罪を贖うために、爆弾職人の夫婦の間にできた子どもに生まれ変わるのだろう。オゾン預言者の誰かが説いていた地獄とは、汚れた魂が向かう場所でも、人々の罪悪の彼方でもなく、どうやら陸続きで実在するらしい。
牛頭監視兵は、鞭を振るうときに、「監視兵○○様に逆らうとこういう目に遭うんだぞ」と、よく自分の名前を名乗った。この名前は、別の区画で働いている工員のもので、監視兵は偽名を使っていた。鞭を打たれた者の恨みは、牛頭にはね返されて、別の区画の同じ境遇にある労働者が恨みの念を背負った。これはメサエスもどんな下級労働者も与かり知らぬ、怨念の矛先を付け替えるための不気味な呪術体制だった。だから広い爆弾工場のどこかに偽メサエス牛頭監視兵が存在していて、折檻するために鞭を打つたびに、名前の知らない打たれた者の恨みは、労働者メサエス自身に返ってくるのだった。この工場では、因果応報を司る因果律を不正に操作しているのだった。それも死後の世界から輪廻転生の支配権までも含めて。例え爆弾工場の下の階の爆弾工場が、あの世だったとしても、生と死の区別がつかなかった。底辺にいる者はどんなに努力しても決して浮かばれることはなく、反対に上にいる者はどんなに悪事を働いても裁かれることはなかった。命の誕生と死は、上階と下階の移動の繰り返し。爆弾工場がその機能を停止しない限り、これから何百年経っても、ここから逃れられる方法は存在しなかった。
一度、爆弾工場の持ち場に立たされると、休憩も無しに一日が終わった。
子どもの頃のメサエスは工員用の宿舎で先輩爆弾職人から言葉を覚えた。爆弾が何に使われるかも知った。爆弾で人が殺されるのだ。爆弾を作る作業は無限に行われた。そのように何年も時を重ねて、メサエスは成長していった。爆弾が生首のように思えてくるときもあった。これから爆弾で死ぬ者の恨みが、製造段階で現れたのだろうかとメサエスは恐れた。その生首の一つにメサエス自身の首もあった。
「それは幻だ。俺にも見える。俺たちは爆弾を作っているだけだ。使うのは大公妃と、爆弾を買った客だけだ。呪いはみな大公妃が背負うだろう。俺たちは苦しむことはないのだ。大公妃がその報いを受けるのは何千年、先になるかは分からないが、いつかは受けるのだ。どんなに宇宙は不公平であるように見えても、完全なる調和に満ちているのだ。人の一生は一瞬だから、誰も気付かないのさ」
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