第26話 花への生贄

 ドラクロワが世界から去った後、不気味な男が占い族の村にやってきた。あの白地に赤い花柄の覆面をつけた執事長だった。花柄を見た女たちは、花を百万回咲かせなかった女たちに罰を与えるために、花の使者がやってきたのだろうかと怯えた。怯えた女の陰に怯えた女が隠れ、その背中にまた怯えた女が隠れて、そのまた怯えた女の後ろで永遠に背後霊になってやろうと怯えた女が決めこんだ。怯えた女たちは縦一列に並んでしまった。列の先頭に立っていることに気付いた女は、自分が花に選ばれ、花への生贄になるのだと思い、失神してしまった。昨晩そのように占ってしまったのである。

 幸運なことに(心配しなくても)、怯えた女の占いは外れた。花柄の覆面の男が村にやってくることと、自分が列の先頭に立たされることは当たっていたが、覆面の男は花の使いではなかった。実に現実的な人間だった。男は村人にこう告げた。

「オゾン大公邸の者です。朗報を携えてやってきました。横笛占い師の息子に掛けられた爆弾を外す鍵を売りましょう」

 怯えた女たちは、ため息を洩らして安堵し、かわりに運命の残酷さに、男の到来の遅さに腹を立てた。

「鍵なんか必要ない。プーならとっくに死んだよ。葬式も終わった。流血占い師らしく、血を流して自殺したよ。プーの血の雨が村にだけ降った。蟻は全滅してしまった。蟻占いは廃業だ」

「そうですか。遅かったようですね。鍵を売れば小遣い稼ぎができると思いました」

 花柄の執事は舌打ちした。

「出て行け」

 一同を代表してブンボローゾヴィッチが怒鳴った。

「父親のブザーは間もなく処刑されるでしょう。これは誰にも止めようがありません」

 そういい残すと、花柄の執事は去っていった。

 占い族の者たちは、まなざしに憎しみを込めて見送った。

 またある日、今度は硝子の塔からオブジェウスがやってきた。

「ドラクロワはどこだ? 俺の娘を孕ませた石像は。娘が店の金を持ち出して消えた。マリアレスは泣いていたぞ」

「ドラクロワはいなくなっちゃった。族長さまに見捨てられた。村はもう終わりだ」と占い師見習いの少年が喚いた。

「ドラクロワが村を出ていっただと? まあいい。まずはマリアレスの行方を知りたい。誰か占ってくれんか?」

 女トランプ占い師マジョーがマリアレスの行方を占った。

「マリアレスは、大公の都にいます。街娼として暮らしを立てていくようです。男の影はいまのところありません。ドラクロワとの間にできた子どものカルは改名されています。ラヴディーン。子どもはそう名乗っています」

「なるほどな。ありがとう」

「プーの客になったストーカーの娘の名を教えて頂けませんか?」

「あれは確かマリアレスの一つ下の妹のアマリアだったかな。あれはプーの子を産んでしまった」

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