第25話 ストーカー家の秘密を知るものは誰も

 大公妃は、血溜まりを残して消えたオブジェウスを血眼になって探した。ケーキ占い師ならぬ、ただのケーキ好きの小太りの宮廷占い師に、子供の行方を占わせた。腕を切り落としたのは、ピサンドラ公爵夫人の仕業、と、ケーキ好きの占い師は言った。

「あの子がそう望んだのです。父親の元に帰りたかったと言いました」

 ピサンドラ公爵夫人はいともたやすく嘘を吐いた。

 大公妃は、大公の親類縁者のピサンドラ公爵夫人を処刑こそしなかったが、ピサンドラ公爵夫人は薄暗い部屋に軟禁されることになった。


 たった三日で、たった一つの硝子像で、浴びるほどの大金を手に入れたクラリオス・ストーカーは大公の都で遊びまくり、七人の娼婦に子が生まれた。余った金で、草原の真ん中に高く美しい硝子の塔を建てた。娼婦の館を作ろう、と都の売春宿や街娼斡旋人から、娼婦を彼女たちの人生ごと買い取り、硝子の塔で最高のもてなしをさせた。噂が噂を呼び、硝子の塔は大繁盛した。七人の娘も大きくなったら働かせよう。別々の女から産まれたクラリオスの娘は母に伴われ、続々と父のいる硝子の塔にやってきた。そのまま硝子の塔に残る母もいれば、クラリオスから金だけを受け取り、残された娘に手を振って、硝子の塔を永遠に去っていく母親もいた。

 子どもに恵まれない大公に、夜の侍女として娘を宛がい、その結果できた孫に大公位を継がせ、行く行くは大公国を手中に収めようと画策していた。母の許から離れさせられ、見知らぬ男に連れられてやってきた最後の娘はシェリーといった。末娘シェリーの可愛い頭を撫でたクラリオスは、オブジェウスという長男がいたことなど覚えていなかった。

 街路で夜明けを待たずして死んだはずのオブジェウスは、幽霊のままで成長した姿でクラリオスの背後に立ち、父親の体に取り憑いた。父の意識を内側に押し込み、ついにオブジェウスは生きた肉体を手に入れた。死霊に操られたクラリオスは、オブジェウスと名乗った。父の欲望と子どもの欲望は一致していた。大公国を占領したかった。突然改名したクラリオスに不審に思う者はなく、誰もオブジェウスという少年がいたことを知らなかった。

 クラリオスの十本の指は、体の持ち主が大公国を手に入れることを忘れないようにか、指の第一関節の先だけすべて硝子になった。この透明な硝子の部分が、オブジェウスの唯一の体であり魂であった。実の父親を文字通り、指先だけで操る呪われたストーカー家の秘密を知るものは誰もいない。この父の肉体が朽ち果てたら、いつか生まれることになる子どもに乗り移ればいい、と思った。また硝子の指のオブジェウスは自身も幽霊であるためか、其処かしこを彷徨う幽霊と話をすることができた。その特性は金を持たずに店に入ってくる幽霊を追い払うのに役立った。実父が幽霊と入れ替わったからなのか、娘たちも幽霊を知覚できるようになった。


 遙か未来のラヴディーンは硝子の指で巧みに拳銃を扱った。彼の女たちはその指が美しいと褒めた。懸念されていたドラクロワの石の呪いの遺伝は、幸か不幸かラヴディーンの右目だけに留まった。彼の女たちは石化した右目も美しいと褒めたが、ラヴディーンは、女たちは同情しているのだと受け取った。目が石でも視力は正常だったが、眼帯をはめて目を隠し、拳銃の技術の上昇に役立てた。カル・ストーカーと名付けられたときに、片目のジャッカルの怨念が名前に宿ったのかもしれない、と母親のマリアレスはラヴディーンに詫びた。

「じゃあ僕は殺し屋になって、父さんを迎えたほうがいいのかな? それとも審判の神になって父さんの悪行を裁こうか?」

 マリアレスは悲しんだ。

 拳銃はオゾン大公国で作られたものだった。ラヴディーンは銃口をワインの空瓶に向けた。

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