第24話 硝子像についていたおまけの子

 硝子の塔の支配人のオブジェウス・ストーカーは頭に青筋を立てていた。硝子の塔のストーカー家に生まれた男子は、遺伝なのか硝子の指を生やした。マリアレスとドラクロワの間にできたラヴディーンも例外ではない。ではオブジェウスより前は、父の代はどうだっただろうか? 

 オブジェウスの父のクラリオス・ストーカーは、硝子細工職人だった。大公の都からは西太陽街道を北方に外れた人里離れた場所に工房はあった。都に住む雑貨店を営む友人が硝子細工をまとめて買ってくれていたので、生活には困らなかった。息子のオブジェウスに硝子細工の技術を教えながら、親子仲良く暮らしていた。妻は硝子工房での火傷がもとで病を患い、すでに夭逝していた。

 ある日、雑貨店から紹介を受けたのか、都に出している看板を見たのか、メギド大公からの使いの者が直接工房にクラリオスを訪ねてきた。

 オゾン大公妃の硝子像を作ってほしい、とメギド大公の使者は言った。

 妻と出会った記念日の贈り物にしたいという話だった。クラリオスは使者からオゾン大公妃の肖像画を渡された。三日三晩かけて、クラリオスは精魂込めて硝子像を作り、やがて夜明けの光が最後の仕上げとでもいうように、輝きの中で大公妃像は完成した。

 息子のオブジェウスに、創り上げたばかりの硝子細工像を持たせて、「しっかり持っているんだぞ」と厳しく言い聞かせ、馬車の座席に乗せた。クラリオスは御者台に登って馬に鞭をくれて、馬車は動き出した。

 断崖に沿った曲がりくねった道を、街道の方角へと馬車は駆けていった。道は険しく、馬車は激しく揺れた。オブジェウスは父の硝子細工を壊してはならない、と必死に腕の中に大公妃を抱きしめていた。

 クラリオスは都に入り、馬を休めるために休憩した。オブジェウスに山羊の乳でも買ってやろうと、後ろを振り向いたとき、硝子の像とオブジェウスの右腕が同化しているのを目にした。あまりにもオブジェウスが父の言いつけを守って、大公妃への贈り物を大事にし過ぎ、オブジェウスの護ろうとする意思が、そのような結果をもたらしたのか、それとは逆に、硝子の像が、壊れることを恐れて、オブジェウスに寄生してしまったのか。あるいは、呪われた大公妃の似姿を創り出したために、呪いまでもが模造されたのか。オブジェウスは硝子になってしまった右手を、左手で庇うようにして泣いていた。

 クラリオスはどうしていいか分からず、そのまま大公に謁見した。

 大公妃は硝子像をオブジェウスごと、夫からの贈り物として受け取った。大公妃は夫の計らいに感激した。クラリオスは城を買えるほどの大金を大公からもらい、自分の息子と別れた。オブジェウスは大公邸で、硝子像の付属品として暮らし始めた。

 この子に、大公の座を継がせてみるのはどうか、大公妃は夫の大公を見やった。

 僕がこの国の大公になれる? 子どもながらに野心のあるオブジェウスは、微かに歓喜した。清潔な布団に、天蓋ベッドのある寝室が与えられた。

 オゾン大公と親類関係にあるピサンドラ公爵夫人が、オブジェウスが子供部屋で眠っている間に、おぞましくどす黒い血の跡のある、形容するのも恐ろしい拷問の道具を使って、硝子と結合した子供の右腕を根本から切り落とそうとしていた。ピサンドラ夫人にはメギド大公との不倫の血を引いている自分の息子がいた。息子に大公位を継がせようと目論んでいたピサンドラ公爵夫人は、オブジェウスという突然現れた子が、邪魔で仕方がなかった。まさに寝耳に水のような存在だった。

「逃がしてあげるから」

 拷問器具を手にしたピサンドラ公爵夫人は取り乱すように言った。

 オブジェウスは恐ろしき拷問のような痛みと、右腕を失った恐怖と、女への怒りがない交ぜになって、悲鳴をあげようとしたが、口には布が巻かれていた。右腕から鮮血が迸り、寝室は地獄のように血にまみれた。

「大声で泣いたら、メーイェ妃に殺されてしまう。泣くのは我慢して。痛くないから」

 ピサンドラ公爵夫人は胸に大公妃硝子像を抱きながら必死に囁いた。

 オブジェウスの幼い右手が閉じ込められた硝子像からも、残された血が滴り落ちて、絨毯を汚していった。実に気味の悪い構図だった。

「硝子像を体から切り離してあげたから、早く、父のもとに帰りなさい」とピサンドラ公爵夫人は、こうなったからには消えてもらわなくては困る、とでもいうかのように、内心苛立ちながら厳しくオブジェウスを叱咤した。

 オブジェウスは涙と血を溢れるように流し、「僕はここにいたいのに、大公の子として暮らしたいのに」と訴えようとしたが、口を塞いだ布は、オブジェウスの想いを言葉にしてくれなかった。意識が朦朧としてきたオブジェウスは判断力を失い、ピサンドラ公爵夫人のお仕着せがましい善意(実際には、善意に見せかけた利己心のための小暗い悪意だった)に従うしかなかった。絨毯に血の跡を残して、部屋から追い立てられるように出て行った。お前のような平民の子が大公邸にいてはならない、とピサンドラ公爵夫人の心の声をオブジェウスは聴いた。開いているはずのない大公邸の門を抜けて、人気のない街路を歩いていく途中、硬い石畳に倒れこんだオブジェウスは、二度と起き上がることができなかった。


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