第20話 女たちは誰もが花占い師

 占い族の村からドラクロワが去り、プーは村の近く川沿いの墓地に埋められた。村を束ねる族長が消息を絶ち、村の者たちは占いで未来を見ることを恐れた。

 まず占い族の女が消えた。プーを私叙するネビアという赤い薔薇を手にした花占い師がいた。ネビアはプーに恋していた。プーの占いを遠くから見て、彼の流す血は美しいと思っていた。ネビアは内気な性格から、プーに想いを告げることができなかった。それは村のどんな占い女も同じだった。プーの血潮を美しく思わない女はいなかったし、プーに想いを寄せない女はいなかった。プーが誰に好意を持っているのかを、皆が知りたがった。プーはドラクロワに夢中のようだけど、まさか男色の気があるのではないだろうか、いやドラクロワは硝子の塔にプーを連れて行っているみたいよ、余計なことをドラクロワ、ではストーカーの硝子女と寝たわけ? 糞、今すぐ硝子の塔に乗り込んで、あなたは三日以内に死ぬとストーカー娘に占ってやりたい、等と囁きあった。

 女占い師や占い師の娘たちは、プーの心情を過去、未来を、運命を全く読めなかった。そのためかプーに近づくことにさえ、怯えを感じて臆してしまった。占い族の欠点は自分の占いで分からないことに、弱気になりすぎてしまうことだった。逆にプーに占われて嫌われるのを恐れる者もいた。

 プーを占うと、いくら登っても頂上が見えないほど高い城壁が、プーの周りを立ちはだかった。誰もが同じものを見た。女の拳や爪では何百年かかっても壁の一欠片も削ることができなかった。

 この城壁はたった一つのまじないで、一瞬で消せるのかもしれない。そう答えた年長者の占いを、思春期に入った女たちは信じるようになった。

 城壁を消すまじないは、花を百万回咲かせた功労を持つ者に与えられる。百万の花は恋する者のしもべとなり、城壁を覆い尽くし、やがて瓦解させるだろう。崩れた石はすべて、愛しい人を避けて落下する。

 占われた後、村全体至るところが何十種もの花々に色取られた。女たちは誰もが花占い師を自称し、髪の毛に花を挿して歩いていた。甘い匂いが立ち込め、一夜にして占いの村は花の村に取って代わられた。ブンボローゾヴィッチは、祭りにはまだ早いが何の騒ぎだと目を丸くしていた。当人のプーも何のことやら分からないといった顔をしていた。近づいてきたドラクロワが小声で言った。

「いい夢を見たんだ。壊れた城壁のかけらを食べている夢だ。夢の中の石は、何であんなにうまいのだろう。目が覚めてから、さっそく夢の続きを食べに行こうと思って外に出たら、この有様だ。花の醸し出す派手な匂いが石に秘められた静かな匂いを消してしまう。無念としか言いようがない」

 プーは肩をすくめて微笑んだ。

 百万の花を咲かせられるはずがない、花が城壁を壊す占いはお伽話として女たちの心に残っていった。何日も過ぎると、一輪ずつ持ち去られたのか、枯れたのか、村からは花が消えていった。


 ネビアは今でも花を咲かせ続けていた。花弁から独自の法則を見つけ、花占いを編み出した。ネビアはプーが死んだことを信じられなかった。

 ある女占い師がネビアに駆け寄ってきて、花を何回咲かすことができたのかを尋ねた。

「百万回は咲かせた。それ以上は馬鹿らしくなって数えなくなったけど、花占い師になったから、今でも花は咲かせている」

「ほらね。あんたが馬鹿正直に百万回も花を咲かせるものだから、占い通り城壁が崩れ去って、目の前にあんたが突っ立ってるのを見たプーは、あんたの恋人になるくらいなら死んだほうがましだと思ったのよ。きっとそうよ。私の占いではそうなってるの!」

 心無い女が、誰にもプーを占えないのに、嘘っぱちの占いでネビアを責めた。まじないの理屈が正しければ、プーの未来を読めるのはネビアだけのはずだった。

 今度はそのことに思い至ったある女は、

「何故、プーの未来を読めなかったの? あなたにはそれが許されたはずなのに。何のために馬鹿みたいに花を育てていたの?」

 百万回花を咲かせた者は、百万回花を咲かせることができなかった者たちから責められた。ネビアは誰よりもプーの死に苦しみ、動揺し、受け入れることができなかった。心ないものたちは、心に浮かんだ石つぶてをネビアに投げつけた。その内の何個かは現実の硬さを持った石だった。

 ネビアの顔の前に石が飛んできた。もしドラクロワがまだ村に残っていたなら、飛んでいく石を手で掴み、ネビアへの危険を未然に防ぎ、そのまま口の中に放り込んでいただろう。

 無慈悲に石は、推測の腕をすり抜け、悲しくもネビアの顔面を傷つけた。ネビアは未来の自分の泣き顔を占えなった。

 プーは血を流しすぎて死んだ。女がその姿が美しいと思っているうちにプーは死んだ。

 この村ではもう生きられないと思ったネビアは死を選んだ。

 ただ女たちは、プーの最期を見て、声をかけたネビアが嫉ましかったのだ。

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