第19話 選ばれた鳥だけが神の王の顔を

「馬車をもらいにきた。命を取るような手荒な真似はしない。ただし願いが聞き届けられない場合は、この道は神の血で染まることになるな」とドラクロワは倣岸に言った。

 部下の騎士はいななく馬の上で、柄から銀色に輝く剣を抜いた。

「死ね。盗賊の首領。不届き者め」

 ドラクロワは騎士の剣をよけもせずに胸を切らせ、ゆったりとした動作で馬上の騎士の首を槍で刎ねた。騎士の首は、重力と争いながら血を噴射させ、ドラクロワの許しがない限り、いつまでも空中を浮遊していた。血を噴き出したまま落ちてこない首の下を歩いたため、ドラクロワの石の体は血まみれになった。血の雨を通り抜けたドラクロワは、総長に向かっていった。

「俺には剣など恐れるいわれはない。しかしお前らは俺の槍を恐れるのだろう」

 馬車の中から神の王の声がした。馬車の幕が開き、白装束に身を纏った髪の長い男が、黒い袋を被った男に体を支えられながら降りてきた。

 ダリアを模った銀の冠をつけた王はジュリアン・サロートと名乗った。血の匂いが立ち込める場所で、血を浴びた石像をその眼に映していた。

 総長は「この方は神に見捨てられし不遇の神の子、ジュリアン・サロートの転生されたお方だ。贋王ダリアから不滅の血を取り戻し、王の体に注ぐとき、王は不滅の命を得るのだ。恐れ多い。跪け、石の化け物め。石像は黙って村の門番でもしていろ」と言い、ドラクロワを一喝した。

「ジュリアン・サロート。お前は何度でも生まれ直して、なぜ同じ名前を名乗り続ける? 前世の続きのために生きているのか? 何故、過去に死んだ者の名前を名乗ろうとする? そんなものは虚構だ。お前は幻想を見ているだけだ。この石の身体が示すように、俺には前世などあるはずもないし、もし俺が死んだ後に、未練がましくも誰かに憑依して生まれ変わったとしても、そいつはそいつの人生を謳歌しているだけだ。そいつが死んだ俺の名前を名乗り出したら俺は許さないだろう。何故なら、俺は永遠にドラクロワ一人のものだからな」

「馬車を渡すつもりはない。お前にはこの馬車は荷が重過ぎる」とジュリアンは応じた。

「お前は俺に殺されることを望んでいるのか? 俺の占いの目からは、お前が死んでいく様子が見える。ならば話は早い。今日は神の王が倒れる記念すべき日だ。神の王よ、お前の果たしたかった願いを、俺がかわりに果たしてやってもいい。お前は王になり、世界をお前の下に跪かせたかったのだろう? 俺がその願いを引き受けた。安心して死ぬがいい。眠れる書物に俺の名を刻め、ジュリアン・サロート。お前の罪を一つ奪い去ってやろう」

 ドラクロワは頭上で槍を回転させた。不気味なうねりを発し、太陽の光を乱反射させ、世界に太陽の欠片と恩恵を再配色する槍は、ジュリアンの寿命の蝋燭が溶けるのを早めていった。ドラクロワはジュリアンから溶け出した蝋から逃れることができるのか、と自問した。馬車を手に入れなくては。ドラクロワはどんな迷いにも、恐れはあったが逃げ出しはしなかった。ドラクロワはジュリアンの死を占った。

 ジュリアンは銀色に煌めく剣を抜き放ち、黒い男に左肩を支えられながら、剣先をドラクロワに向けた。ドラクロワは槍を構えて駆け出した。

 いつか、石の呪いが解けたとき、自分の息子ラヴディーン・ストーカーに二挺拳銃で何発もの銃弾を体に受けたときも、最後の銃弾がドラクロワの右目が最後に見たものになったときも、ドラクロワはその槍を右手で持っていた。今度は右手と槍が石の呪いで結ばれたかのように強固に握り締めていた。ドラクロワは未来の手と同じ手で、神の王ジュリアンの首に狙いを定めた。すでに血塗られている槍の刃先を。

 

 ドラクロワはジュリアンの首を刎ねた。その首は血の柱を築き、どこまでも空高く飛んで行った。神の血柱はその鮮やかな赤さを残したまま、変色することなく固まり、二度と落ちてこなかった。雨にも溶けずに、暴風にも倒されずに、やがて聖なる遺物となった。バビロンの塔よりも高く雲を貫き、選ばれた鳥だけが神の王の顔を拝顔することを許された。天へと押し上げられた神の王は目を見開いたまま、空から見ればもっと美しい地上を眺め、ドラクロワの辿る運命の織り目を読んでいた。果たして神の運命はドラクロワに模写されていくことになるのか。

 神の王の肩を支えて沈黙していた黒い袋を被った男と、取り乱した眠りの騎士団の総長と、逃げ出そうとした御者が、ドラクロワに惨殺された今となっては、この血柱の先に神の王の首が突き刺さっているのを、ドラクロワ以外に知る者はいない。地上にはドラクロワの低く響き渡る笑い声と、気管ごと首を断たれ祈りの声も出ない神に仕えた四人の人形のような死体と、首がどこにも見つからない一人の男の人形のような死体が残された。

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