第18話 失われたもう一つの眼球の視界を補う
眠りの騎士団十二名は神の王の馬車の周りを常に護衛している。ウラギョルは王の壁を打ち払うために、フィガロが率いる盗賊団「黒猫の舌」を利用した。ウラギョルは偽の占いを、ならず者たちに聞かせた。
「フィガロは神になられる。お前は特別な女だ。永遠に神を騙せる。お前たちは、金も女もどんなものも手に入れることができるだろう。硝子の塔よりも、もっと高く美しい塔も手に入るぞ。眠りの騎士団は、神でも何でもない偽者の集団だ。皆殺しにしても、呪われる心配はない」
元々、荒くれどもは、眠れる書物を知らなかった。富に仕えていた彼らは神を知らなかった。このような嘘でまんまと「黒猫の舌」を騙し、眠りの騎士団を襲わせるよう、話を持ちかけた。盗賊どもは金持ちになれることに喜び、何人かは飛び上がった。そのうちの一人は飛び上がりすぎて酒場の天井を突き破って、蜘蛛の巣に絡まったまま元の穴から、失敗作の天使のようにゆっくりと笑顔で恥ずかしそうに落ちてきたし、馬車のような大男は興奮して大声を上げ、隣に座っていた新入りのおどおどした小男の首をねじり切って、何かのごちそうと間違えたのか、哀れな生首を口の中に放りこんでしまった。
ウラギョルは、予想以上の化け物どもだな、嘘がばれたら事だぞ、と冷や汗をかき、テーブルに隠れていた足は絶えず震えていた。ドラクロワをこの場に連れて来なかった理由は、生きている石像を同席させたら、話が余計、面倒臭くなるからだった。
年齢の分からない美しい女首領フィガロは、ウラギョルを見ていた。五つの目玉を連ねた首飾りを首からさげている。
「ギメーデギオスとやら、その話、本当だろうな? 何の根拠もないように思えるが、占い師なんてものは、みんなそんなものなのか?」
「ああ、本当さ、フィガロ」
ギメーデギオスという偽名を使ったウラギョルは約束した。
「この首飾りが、気になるのか? これは瞳の首飾りと私が名付けている」
一番左の隅の目は、命乞いをした大公国の郊外に住む貴族の女の目。隣は、借金の保証人になっていた画家の目。フィガロの飼っていた猫を食い殺したジャッカルの目。嘘を吐いた男の目。硝子の塔の女、シェリー・ストーカーの青い瞳、とフィガロは指でさしながら眼球の説明を順番にしていった。
ウラギョルは嘘を吐いた男の目を見ていた。ウラギョルの目に似ていなくもなかった。
ウラギョルは瞼の上から指で押し当てて、自分の目の存在を確かめたい衝動に駆られた。フィガロと会った時点で、ウラギョルの眼球はすでに首飾りに吊るされていたのかもしれない。そんな恐ろしい狂気に取り憑かれてしまった。
何となく両目で酒場の光景を見ることができているのは、奪われずに生き残った片目が、失われたもう一つの眼球の視界までを、単に補っているだけなのかもしれない。
あの目はわしの目か? 馬鹿な、そんなことがあるものか。
「よし分かった、乗ろう。ギメーデギオス。もし、これがお前の嘘、虚言だとしたら、占い族の村は滅ぼし、子どもはすべて売り払い、お前の目を奪い、生き埋めにするからな。『黒猫の舌』を見くびるなよ」
フィガロの声に正気を取り戻したウラギョルは、何の逡巡も呵責もなく、占い族の村を売り払った。
この作戦が失敗したとしても、フィガロがここで命を落とせば、ドラクロワがオゾン大公邸で爆発し破壊されるという運命は少なくとも免れる。そのようにウラギョルには二重の企みがあった。
熱帯で氷が確実に解けていくように、恐ろしく作戦は順調に進んだ。
ジュリアン・サロートを乗せた馬車は数名の護衛を引き連れ、西太陽街道から離れた草原の戦場を離脱した。その石畳の逃走経路にドラクロワは魔神のように立っていた。破滅の槍を持って。その場所に逃げてくるとウラギョルがすでに占っていた。
「来るがいい、神の王。お前の視線は自分の運命から逃げる者の視線。俺は違う。俺は槍の占いだけを信じ、運命から目を逸らさない者の視線だ。占いの結果をそうなるように実行するだけだ。視線だけで俺はお前を上回っているのだ」
御者が手綱を引くと馬の蹄の音が止み、四頭立ての馬車が止まった。死の大地から駆けてきたような蒼ざめた馬だった。黒い駿馬を駆る、眠りの騎士団の総長と思しき男と、その部下の騎士が同じく黒い馬に乗って近づいてきた。
ドラクロワは落ち着き払い、槍の刃先を彼ら二人に向けた。
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