第17話 眠りの騎士団は流浪の旅に出た
血の雨が村に降ったことなど、ドラクロワもウラギョルも知らなかった。二人は旅の途中、道の傍らにあった巨大な岩を背にして休憩していた。これからどこへ行き、何をするかを話し合っていた。ウラギョルは眠れる書物のことを口にしたが、ドラクロワは眠れる書物についての知識を持ち合わせていなかった。
「族長ともあろうものが。ブンボローゾヴィッチには教えてもらわなかったのか?」
ウラギョルは激しく叱咤した。
「知らぬものは知らぬ」
「分かった。教えてやろう。眠れる書物の一節には、神の王と眠りの騎士団のことが書かれている」
ウラギョルは語った。永遠に神になれない男ジュリアン・サロートの話。彼の眠りを騎士たちが守っているという話。
ジュリアン・サロートは何らかの罪過を背負って産まれた悪魔だった。人間の姿をした悪魔だった。成長したジュリアンは神になろうとした。村人たちは占い師の勧めでジュリアンを殺した。悪魔を棒で殴り、ずた袋に入れて、川に流した。子を産んだ母は追放された。殺されたジュリアンからは、悪魔の罪が一つ消え、村は滅びた。
ジュリアンはまたある日、産まれ落ちた。村人たちはまた神の王になろうとしたジュリアンを殺した。神を僭称する悪魔を清めるために、何回も殺す必要があった。村の滅亡と、神の死を繰り返すうちに、ジュリアンからすべての罪が消え、村人たちはもう殺せなくなるという。
そのとき、ジュリアンは不滅の肉体を雲の上から授かり、地上の救済者になるという。
しかしジュリアンはそうなる前に産まれることをやめてしまった。村人たちは、誰が言ったか分からなかったが、眠りの騎士団を組織した。
彼らは自分たちがやってきたことに気付いた。我々は占いを忠実に従っただけだが、我々の手も悪魔なのでは、我々の血塗られた手は、神を代行したが、この手は神を僭称しなかったか? 彼らはようやくそのことに気付いた。もしまたジュリアンが産まれたときには、ジュリアンを殺そうとする者から、今度は守る立場にあろうとした。永遠にジュリアンが産まれなかったとしても、この世に存在しないものを、彼の眠りを、守ろうとした。
眠りの騎士団は流浪の旅に出た。彼らは焚き火を囲んで野宿した。夢の中で、追放したジュリアンの母親が、無限に集まって一つの共同体を作り出していた。彼女たちは裁縫針と糸を手に持って、悪魔のような形相で、眠りの騎士団を取り囲んでいた。
「ジュリアンを守る騎士だと? これは異なことを。私たちのかわいいジュリアンたちは、全部集めて、ここに眠っておるよ。私の死蝋、私の枯骸」女の代表が指し示した先の荷馬車に、何体もの薄茶色の木乃伊がうず高く積み重なっていた。
「いつか、この中のジュリアンの誰かが復活したら、私たちが教育するよ。真っ先に殺されるのは、どこの誰かな?」
ピラミッド状になった木乃伊の頂点の木乃伊が、母の声に反応したのか、振動し始めた。
騎士団の団員たちは叫び声を上げて一斉に飛び起きた。全員が同じ夢を見た。何だ、夢か……。一同、騎士たちは胸を撫で下ろした。一人の団員が旅の荷物を残したまま、皆が眠っている間に忽然と消えていた。眠りの騎士団はジュリアン・サロートの母親たち「夢の聖母姉妹」にも贖罪をしなければならなかった。夢に怯え恐怖する者たちは、彼女らを「馬車女衆」と呼んだ。
まもなく眠りの騎士団に加わりたいという町の女たちが現れた。洗濯や炊事、衣服も縫うから、神の経綸を手伝わせてほしいと願い出た。騎士団の団員たちは大粒の汗を垂らし、激しく動揺しながら彼女たちを迎え入れた。
「おい、聞いているのか? ドラクロワ。その眠りの騎士団が、現在、どこを彷徨っているのかが分かった。今はジュリアン・サロートも無限の眠りから目覚めて、眠りの騎士団の前に降臨し、神の王を名乗り、神の馬車に乗っている。眠れる書物が現実のことになっているのだ。我々の世界と書物の世界が陸続きになっている。わしの占いが、まさか眠れる書物と交差することになるとは思わなんだ。いいかね。ドラクロワ。お前はそのジュリアン・サロートから馬車を奪い取らなければならない。馬車だけ奪い取るのは、困難を極めるだろう。眠りの騎士団は殲滅しなければならず、神の王も……また殺さなければならない。それでも良いのだ。何故なら、ジュリアンの罪過はいまだ残っているからだ。お前は選ばれたんだよ、ドラクロワ。眠れる書物に。いつかジュリアン・サロートは救済者になるだろう。お前は、神の手助けをするために、宿命付けられているんだよ。お前なら神の王の馬車に乗る資格もあるだろう。ドラクロワ、またお前を占ったんだ。お前が何故、石の体で産まれたのか、誰がお前に石の呪いをかけたのか」
「……」
「神の王、悪魔ルビヤの化身、ジュリアン・サロート、その人だ。ジュリアン自身は眠れる書物のからくりを理解していない。ジュリアンは自分を殺すことになるお前を知って、あの日、お前が捨てられていた場所に先回りして、お前が動けないように魔法で石にした。だがお前は石の体になっても育ち、動き出した。眠れる書物からの命令を実行するために。お前は知らないだろうが、片目のジャッカルを始末したときに、殺し屋の称号と許可がお前に転移したんだよ」
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