第12話 聖なる嘘によってできた横穴

 どんな占い師も、額にハート型の模様がある猫の行方を、占いで見つけることができなかった。ブンボローゾヴィッチの砂時計占いでも、ブザーの息子のプーの流血占いでも。

 犬占い師が言った。そうだ、猫なら魚を取りに川沿いを彷徨っているかもしれぬ、魚が猫を見たかもしれぬ。魚占い師に頼んでみよう。魚占い師の住居の扉には、鍵が内側からかかっていたが、複数の屈強な腕によって乱暴にこじ開けられた。頼みの綱の魚占い師は、三日前に死んでいた。彼らは夜を泣き明かした。

 そうだ、猫占い師なら、どんな猫のことも知っているだろう、と鼠占い師は意見したが、村には猫占いを生業にしているものはいなかった。

「そうだ、俺がカーペット占いを廃業し、猫占いを始めよう」

「馬鹿を言え」

「待て、お前が鼠を走らせ、猫に聞いてくればよいだろう」とドラクロワが機転を利かせた。

 大公邸に行け。大公邸のどこかに猫は潜んでいるかもしれない。

 早速、鼠占い師はお気に入りの鼠を籠に入れて、大公妃のもとへ向かった。嫌な顔をしていた大公妃にわけを話し、屋敷の中を検分させてもらった。爆弾仕掛けのビリヤード台のある遊戯室の壁際に、わずかな隙間が見て取れた。鼠占い師は右手で鼠の尻尾にまじないをかけた。途端に鼠の尻尾が外れ、尻尾のない鼠は床を走り出した。


 鼠は暖炉の中の隙間を駆け抜けていった。途中、ハート形の、模様はないが、絵と似ている紛らわしい白い猫に出会った。よく観察してみれば、薄汚れていた。

「何だ、外れか」

 鼠は取りあえず、通りすがりの猫にアヴェルという猫のことを訊いてみた。

「教えてくれたら、俺を喰ってもいい。この俺の命をお前にやろう」

 残念そうに白い猫は、知らないと答えた。

「お前を喰ってもいいか?」と猫は訊ねた。

「駄目だ」

 白い猫は心底嫌そうな顔をした。

「何故だ? 俺は知らない、ということをお前に教えたではないか。お前は俺がその猫の行方を知っているかどうかを訊きたかったはずだろう?」

「残念だが、お前から何も得ずに、この肉体はやれない」

 ふん、どちらにしろお前は俺に喰われるだけじゃないのか? 俺はお前にとって敵だぞ。お前の言い分など無視して喰ってしまえばよいのだ、と白い猫は密かに思ったが、鼠がしつこく、

「ならば、猫占い師の噂を聞いたことはないか。ブザーという占い師の命がかかっている」となおも訊ねると、白い猫は苛々し始め、

「どのような人間のこと、汝、聴こえなくさせてやろう、知らない答えを」と意味の分からないことを叫び、鼠の両方の耳を一瞬にして喰ってしまった。悲鳴をあげながら、鼠は転がるように猫の追っ手から逃れ、横穴を走り続けた。

 白い猫は鼠を追いかけながら、

「待て。人間の猫占い師のことは知らないが、猫の占い師なら会ったことがあるぞ。内臓が透けて見える半透明猫と、内臓も透けて見えない透明猫の、双子の美人姉妹だ。三階の天井裏で餌にありつけるか、猫界の神託を受けたことがあるなあ。『ガミガミ猫よ。いついつどこで鼠を喰えますよ』ってお告げをもらったな。今日がその日だ。約束だ。お前を喰わせろ」と叫んだが、耳を失った鼠にはもう何も聴こえなかった。やがて鼠は突然開けた地下の空間に迷い込み、空腹で苦しんでいたブザーに丸ごと飲み込まれてしまった。

 ガミガミ猫は仕方なく、誰とはなしにひとり言を言った。

「思い出した。猫の占い師は、この横穴が『聖なる嘘によってできた横穴』と言っていたな。聖なる、と言っても、それ以前に、嘘で土を掘れるか、と俺は大笑いしたもんだがね」

 ガミガミ猫はチェシャー猫のように、空間に笑いだけを残して去っていったが、二度と立ち直れないくらいの恥ずかしいものを見られた、とでも言うかのような慌てた必死の形相で、空間に浮かんだままの笑いを消しに大急ぎで戻ってきた。


 鼠占い師の両耳が突然、削ぎ落とされた。突然の聴覚の寸断と焼けるような痛みで、鼠占い師は床の上に倒れ、喚きながら暴れまわった。さっきまで動いていた鼠の尻尾は、占い師の手を離れ、大人しくなっていた。

「落ち着け、占い師。床のそこかしこには爆弾が埋め込まれているのだぞ」

 検分に立ち会っていた執事が忠告したが、既に遅かった。

 その言葉が、鼠占い師サミンツァがこの世で最後に聞いた言葉だったかどうかは分からない。

 すでに両耳は、彼の頭を離れた後だったからだ。


 横にしたままの砂時計の中には、どこからか入り込んできた鼠を、ブザーが食べているのが見えた。

「鼠を食っている。頑張れよ、ブザー。生き延びるんだ。必ず助け出してやるからな」

 ブンボローゾヴィッチは机の上に置いた砂時計に向かって囁いた。

「プー。お前には父親の姿が見えるか?」

 横にいたプーは暗い顔で肯いただけだった。


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