第13話 二足歩行で踊れなければ意味がない
トランプ占い師はどこかから、白い猫を見つけてきたが、肝心の額にはハート型の模様がなかった。一同揃って、村人たちは落胆した。
「馬鹿だなあ、みんな。本当に馬鹿だよ。額の体毛に絵筆で黒く塗ればいいじゃないか。猫の肖像絵を手本にして、ハートのしるしをいれておけばいいんだよ。馬鹿だなあ、もう」
トランプ占い師は早速、絵の材料と道具を集めてきて、筆を手にし、黒の顔料で、猫の額に丁寧にハートの形を描き加えていった。初めのうち猫は擽ったそうにしていたが、しつこいトランプ占い師の額に爪の一撃を喰らわせ、彼の額にもハート型の傷を負わせた。ともあれ額にハート型の模様がある白い猫は完成した。
「二足歩行で踊れなければ意味がないのだぞ」とドラクロワは念を押した。
「これから、仕込むさ」
トランプ占い師は猫と手を繋ぎ、後ろ足だけで立たせて一緒に踊った。
「手を離すから、その態勢を保つんだぞ」
猫は胡麻をするような仕草で必死になって立ち続けていたが、力尽きたのか前足をゆるやかに下ろして、踊り相手を見上げていた。
「……まあ、踊っているように見えなくもないか」
果たして大公妃にペテンをかけることができるのだろうか?
トランプ占い師は籠の中に猫を入れ、オーゾレムへ向かった。占い族の皆は快く見送った。途中、籠の中の猫を覗いてみると、何故かハート形に塗ったところが、丸の形に黒くなっていた。慌てて丸の形を基に、再びハート形を猫の額に描いた。しばらく歩いて、また籠を開けると、白猫は嬉しそうに顔を突き出した。新たに手を加えたハート形よりさらに大きく、不気味な円は黒い太陽のようにのさばっていた。トランプ占い師は、猫の後頭部すべてを使って大きくハートの形に塗り潰すと、急いで猫を籠の奥に押し戻した。開けるたびに形が変わるのかもしれないと恐れたトランプ占い師は、猫が籠の蓋を爪で引っ掻いて研ぎ始めても、知らない振りをして、大公妃に渡してしまおうと思っていた。
混乱したトランプ占い師は、猫の額が肖像画の小さいハートとは似ても似つかない子どもの落書きのようなハートになっていることに気付かなかったが、大公邸の門前に来たとき、深呼吸してトランプ占いをしてみたところ、選択されたカードは宮廷道化師だった。自分の運命の扉を開くように、籠の蓋を開けると、体中の体毛が真っ黒の猫が飛び出し、大公邸の門をすり抜け、東側にある庭園に向かって、楽しそうに走っていった。その姿は小さくなり、花壇の角を折れて見えなくなった。
額にハート型の猫の引っ掻き傷があるトランプ占い師が諦めて帰ろうとしたとき、大公邸の扉が開いて、両足を失った鼠占い師サミンツァが這って出てきた。
「そんな猫、初めからこの世にいないのだ」
ドラクロワは立ち上がり、頭の上で槍を回した。同じ頃、焚き火のそばで寝ていた旅の道化師が蠍に咬まれて死んだ。
「オゾン大公妃のくだらん遊戯だ。俺たちを馬鹿にしやがって」
ドラクロワは槍を天井に突き立てた。プーは泣きながら短刀で手首に傷をつけ、流れる血の雫を紙の上にたらした。一族の者たちはプーの美しい占いに嘆声をもらした。
「血が円を描いて留まっている。星から見放されている位置にある。どんな神でさえも救いようがない。父様は二度と地下牢から出ることはない。死ぬまでずっと。死んだ後も、その亡霊すら鎖は決して父を離さないだろう」
プーは手首の傷を押え、ドラクロワを見た。
「お願い、父様を助けて、ドラクロワ」
「俺が占い、運命を変えてやる」
ドラクロワはプーに約束した。二人の間に神聖な結束がもたらされたかのように見えたが、その約束は守られることはなかった。ドラクロワの占いは外れた。プーの占いを覆すことは誰にもできない。それを知りながら、ドラクロワは約束した。
オゾン大公妃はありふれた生活をし、そして邸内に仕掛けられた爆弾が爆発することもなく、与えられた運命を壁の装飾の中に読んでいった。それが無限にあることを占い師でもない大公妃は気付かなかった。
その間もプーの血は父を救うために流れ続けた。村人たちは占うのを諦め、いまだ占っているのはプーだけになってしまった。眠りについたブンボローゾヴィッチの枕元で、自動的に流れている砂時計の砂が、プーの血のように真っ赤な砂になってしまっていることに、当然のことながら誰も気付かなかった。一番近くにいたブンボローゾヴィッチもそんな夢は見なかっただろう。六・六六時間後には、元の砂の色に戻っていることだろう。
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