第5話 他人の血によって占領されて

 ドラクロワが十三歳のとき、ジャッカルは骨だけの姿になっても占い族の村の方向を見ていた。ドラクロワの寝場所、昼寝をする岩壁、狩りをする深い森の中、ドラクロワが動く方向に合わせて、ジャッカルの頭骨は角度を変え、ドラクロワを岩場から呪いの眼窩で黙視していた。その光景をドラクロワは夢で見ていた。夜中に飛び起きたドラクロワは、プーの寝処を訪れ、頭骨を捨てに行ってくれとプーに懇願した。

 ドラクロワの声がいつもの声と違うことに気付いたプーは、何年も前に聞いた声だな、ドラクロワはジャッカルに襲われたあの頃に戻ってしまったのに違いないと思った。松明を手に取ると、手首の傷口の間が妖しく光っていた。傷口の谷間に落ちていきそうになるのを堪えた。谷の底は一面に文字が刻まれていて、そこは一つ目の血の神が短剣で予言を刻んでいる。プーには血の神や予言を肉眼で見ることができない。血を媒介にしたときに、予言は生まれる。一生に読める予言の量も決まっているのだろう。

 プーの体を流れる赤い血の中に、ドラクロワや占い族の村人たちやこれから占われる人たちの一生があらかじめすべて内包されていて、プーの傷口から村人の予言が順番に書かれるのを、占われる者たちは待っていた。

 プーの血には、人が生まれてから死ぬまでの運命が凝縮されていた。プーに他人の血が混じっているといってもよかった。プーの体の中に、他人の運命が狂おしく駆け巡っていた。苦しみや喜びや哀しみが憎しみが。プーは抗いもせず、それらを受け入れていた。プーは自分の未来は読めないと村人に公言したことがあった。他人の血によって占領されていて、自分のことは何一つ分からなかった。果たしてプーの血の中に、プー本人の血はあるのだろうか。本当にあったとして、プーの血の色は一体何色なのだろうか。

 気を取り直したプーは、皆が寝静まっている占い族の村を出て、頭骨が回転する岩場(ドラクロワの夢を信じるならば)へ向かった。梟の鳴き声が、辺りに響いて聴こえてきた。ジャッカルの頭骨を遠くに捨てることはできない。一度捨てても、また戻ってくる。

 ジャッカルの岩場に、老婆が小屋を建てて住んでいた。

 元々、老婆は占い族の村の人間で、ジャッカル占い師として村に住んでいた。老婆は、ジャッカルの群れの中に、自分の息子が生まれ変わっている、と信じていた。ジャッカルの一匹が目を失ったとき、それを息子の徴なのだと老婆は感じた。ドラクロワに息子が殺されたとき、何も言わずにジャッカルたちと共に村を出た。占い族の村の誰も、占い老婆が一人いなくなったことに気付かなかったし、誰もその行方を占おうとはしなかった。

 小屋の外からプーは老婆に呼びかけた。

「お婆さん。ドラクロワが苦しんでいます。許してやってください。あなたがドラクロワを憎むことが、息子さんが生まれ変わることの妨げになっています」

 小屋の中からは応えがなかった。ジャッカルの頭骨は、半年に一回だけ、占い族の村に戻ってくる。それを元の位置に戻すことが、プーに与えられた仕事だった。プーの周りでは、ジャッカルの群れが唸り声をあげながら、その様子を見守っていた。プーがドラクロワに叩き起こされたときに、毛布の中にプーと添い寝するかのようにジャッカルの頭骨が隠されていた。プーはそれを持って、ここまでの険しい道を歩いてきた。この作業はプーの生き甲斐であって、占い師の誰もプーからその行為を奪うことはできなかったし、誰もプーが半年に一回の秘密の夜間歩行をしていることを知る者はいなかった。それ以前に誰もプーを占えなかったのだ。

 プーは昼間、一人で踊っていることが多かった。踊りが終わった後に、お気に入りの石飾りで地面に印を刻んで、元の位置に戻り、今度は目を閉じたまま、同じ踊りを始めた。踊り終わると、プーの両足は印の中に納まった。

「プーは踊りが上手だねえ」その様子を見ていた子供たちは喜んで、プーの踊りの真似をして、はしゃいだ。父親のブザーも、離れたところから、プーの踊る様子をいつまでも見ていた。

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