俺はそれを見たことねぇ

徳間サンダル

第1話

 「いや、今日も皆集まってくれてありがとうな。えっ? 俺かい? そうだなぁ俺はお喋りな男なのさ。おいおい、俺の話をちょっと聞いてくれたっていいじゃねえか。お前さんも暇なんだろ? 大丈夫。同じ暇なら踊らにゃ損損ってな。まぁまぁ細けぇ事はいいじゃねぇの。今日もここに来ちまったもん同士仲良くしようぜ。よし、皆良いな? それじゃあ今日は俺達とはちょっとだけ違った世界から来ちまった男の話でもしよう」

そういうと男はゆっくり目を閉じ、皺を合わせるように手を擦り始めた。


 あるとこに惣兵衛って男が居たんだ。この男は滅法お喋りで、気になったことはその場で聞かなきゃ居ても立ってもいらんねぇって性分だったんだ。そんで、惣兵衛がある朝目が覚めて、日課の散歩に出掛けると向かいの通りに住んでる権太が変な生き物を連れて歩いてるじゃねえか。

 そうだなぁ大きさは人の膝小僧ぐらいの高さで、身体は狸みてぇに横に長ぇんだ。いや、狸ともちょっとチゲぇな。色も違ぇが、何よりもずんぐりむっくりした足の狸にしては足がスラッとしてやがる。顔は狸みてぇってより、狐みてぇだ。でも、どうも狐っぽくねぇ。顔は狐の様にしゅっとしてねぇし、何よりも目だ。狐はやっぱ肉食だし、野生の動物だからどんなに小さくても獰猛な目をしてやがる。しかしこいつはどうもとんまなのか草しか食べねぇのかわからねぇが狐みてぇな鋭い目をしてやがらねぇ。よく見りゃ尻尾も狐みてぇなのでもなきゃぁ、狸でもねぇ。丸く内側にクルンっとなってずっと横にブンブン振ってやがるじゃねぇか。惣兵衛は気味が悪くて仕方ねぇ。ありゃなんだ? 権太は何で家畜でも見たことねぇ生き物を紐で引っ張ってやがんだ? いやそもそもあの変な狸でも、狐でもねぇアイツは家畜なのか? 考えれば考えるほど分からねぇ。だから惣兵衛は権太に聞いてみることにしたんだ。

「なぁ権太。その狸みてぇな生き物は何だ? 狸か狐か?」

「おいおい、何言ってやがんだ惣兵衛? 何処からどう見ても柴犬じゃねぇかよ。それによお前は昨日もこの時間に会って、この花子を可愛いなぁなんて話してたじゃねぇか」

「こいつに花子って名前付けてんのか?!」

「当たり前だろ? コイツは俺の飼い犬だぜ?」

「飼い犬って何だ?」

「お前さん、本当にどうかしちまったのか? 飼ってる犬の事だろ? 」

「飼ってるなら何でお前が連れて外を歩かせんだ? 飼ってるもんは放し飼いか家の近くに置いとくもんじゃねぇのか?」

「犬は活発だから、散歩が朝晩と必要なんだよ。お前、頭でも打ったんじゃねぇか? 早めに医者にでも見てもらいな」

 そう言って権太はまた花子の散歩を始めた。

「するってぇといぬってのは猫や九官鳥と一緒の飼うもんなんだな。しかし朝から変なことが起きてやがる。俺は本当に頭でも打ったんじゃねぇだろうか?」

 そうやって首を傾げながら歩いてるとまた、この散歩中よく会う向こう筋のちりめん問屋のボンボン息子がいるじゃねぇか。これまた見たことねぇ奇妙な生き物に紐付けて散歩してやがる。

 だが、不思議なことにさっきのとはまたちょっと違った生き物だ。顔は幾らかさっきのと同じで、色味は多少違うが大体同じ様なもんだった。でもな、さっきのとは違って胴の長さがバカみてぇになげぇ。本当にバカみてぇに、だ。その割りに足がちっこいときたもんだ。身体の物差しを何処かに忘れてきちまった様だった。兎に角、足と身体の塩梅が本当にわりぃ。

「おい、ボンボン息子。お前の連れてるのは何だい?」

「おう、惣兵衛じゃねぇか。よく聞いてくれたな。こりゃコーギーっていう舶来の犬さ」

「はぁこぉぎぃねぇ、これも犬なのかい。でも、何でコイツは神様が物差し忘れたみてぇな身体してやがんだ?」

「お前、そりゃあ……。あれだよ」

「何だよ」

「足が短きゃ、それだけちょっとの散歩でたくさん歩けるだろ? つまり神様が俺たち忙しい商人の事を思って、下さった犬なのさ」

「おいおい、本当かよ」

「あぁ本当さ」

「本当に本当か?」

「本当に本当さ」

「神様もやっぱ商人に優しいねぇ。まるでお上みてぇだ」

「あ、当たり前だろ。俺たちゃそれだけ働かせられるんだよ」

「嘘つけ。お前が昨日、お茶屋の看板娘を仕事サボって口説いてるって専らの噂だぞ」

「そ、そういうのはいいだろ」

そう言ってちりめん問屋のボンボン息子はそそくさと行っちまった。

「あ、おいって。まだ『犬』で聞きてぇ事が……って、クソッもう行っちまいやがった」

 惣兵衛は悪態を吐きながら、今までの事を整理してた。

「いぬってのは形も色々いて、しかも金持ちに合わせて、神様が作ってくれるっていう親切設計ときたもんだ。飼う動物だし、朝晩散歩もしなくちゃいけねぇ。いぬってのは聞けば聞くほどよく分からねぇもんだ」

困った惣兵衛は村一番の物知りのじいさんの所へ歩いた。


惣兵衛は村外れの物知りじいさんの家まで着いて、

「おーいじいさん。じいさん居るかい?!」

ドンドンドンッ。ドンドンドンッ。

「朝からうるさい。おや、惣兵衛じゃないか」

「いや、じいさん、じいさん。大変なんだ」

「どうしたんだい。そんなに慌てて」

「じいさん、落ち着いて聞いてほしい。実は俺、頭を打ったかもしれないんだ」

「はぁ?」

「だから、俺は俺が知らないうちに頭を打ったかもしれないんだ」

「はぁ」

「あぁもうわかんないなぁ。俺は頭を打って、記憶を失ったんだ。助けてくれ」

「じゃあ何でお前はここに来て、ワシに何か聞こうとしとるんじゃ? そもそも何故お前はお前な事をわかっとる?」

「それは……何故だろう?」

「はぁ……。お前は何を忘れたんだい?」

「そうそれだよ。何故か朝起きると権太やちりめん問屋のボンボン息子がいぬっていう生き物を紐に括って、散歩してやがんだ。しかもだそのいぬってのは神様が金持ちの為に姿形を変えてくれるらしい」

「……朝起きたら犬の事を全て忘れとったということだな?」

「そうなんだよ。でもなそれ以外の事は完璧なんだ。ボンボン息子が女口説いて仕事サボってた事も、散歩で会う人の事も全て覚えてんだ。只一ついぬって事が思い出せねぇ」

「お前さんちょっと頭をこちらに貸しな。……う~ん頭打ったにしちゃあ大して傷もねぇし、おめぇ本当に打ったのか?」

「そんなの俺にもわかんないよ。只、朝になったらこうなっちまってたのさ」

「よく分からねぇヤツだなぁ。お前さん本当に今朝変わったことはなかったか?」

「ん~……。っあ、じいさんそういや朝起きたら昨日寝たときと枕が何かおかしいんだよ」

「そりゃあお前さん枕返しに会ったんじゃねぇか?」

「枕返しって何だよ?」

「お前さん、枕返しも知らないのかい」

「知らないから聞いてるってもんだろ。だからさぁ早く教えてくれよじいさん」

「この村に古くから言われてる話でな夜中枕返しっていう妖怪に枕返されると、時が飛んだり、違う世界に飛ばされちまうって話だ」

「そんな回りくどいことはいいから、早くどうすりゃ元の世界に戻れるか教えてくれよ」

「お前さんもせっかちだねぇ。大丈夫また寝たら、元通りだ」

「本当か。そりゃあ早速家帰って寝るよ」

「あぁお休み」

「……ちょっとだけ聞きてぇ事があんだがじいさんいいか?」


「……って言うのが俺が枕返しに会って、いぬってのがいる世界なんだよ」

「お前さんそれでいぬってのは他にもどんなもんなんだ?」

「此処から先はまた明日」

「おいおい、そりゃあ無しだぜ」

「話ってのはな勿体振る位が丁度いいんだよ。じゃあまた明日な」

「ケチなヤツだなぁ」

「そういうのはいいんだよ。じゃあまた明日な。……おや、どうしたんだい?何? お前さんもアッチに行ったのか? ならお互い話合おうじゃないか。何、時間なら幾らでもあるさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺はそれを見たことねぇ 徳間サンダル @Sagan9967

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る