チートハーレムの裏側 ~勇者が寝た後、ハーレムメンバーが本音で反省会を開いています~

まにふぁく茶

第1話

 *第一部 勇者視点


「ブレイブスラーッシュ」

「ギャース」


 俺の必殺な一撃を受けて、大型トラックのように巨大な魔族が断末魔の悲鳴をあげる。

 傾いた午後の日差しが照らす小さな村で、人類の敵、巨大な魔族がそのまま地響きと共に倒れ、二度と動かなくなった。


「さすがだ勇者殿!」


 銀の鎧を着た、金髪に流麗な顔立ちで、ナイスバディの美女聖騎士が俺の活躍に見惚れる。


「おいおいヒルデ、いくら俺がカッコよくても余所見は駄目だぞ」

「むっ」


 魔族の手下である魔物オークが、聖騎士ヒルデガードに棍棒を振り下ろす。


「なんの! この程度の攻撃、我が防御は鉄壁なり」


 派手な音を立てて、美女騎士の巨大なタワーシールドがオークの攻撃を受け止める。

 二メートル近いオークが全力で振るう棍棒を受けても、小揺るぎすらしていない。


「今だワン! クーンも頑張るワン、犬魔法だワン」


 綺麗な宝石が埋め込まれた杖を握った、獣人の美幼女魔術師クーンが叫ぶ。

 フサフサ犬耳と犬尻尾がとても愛らしい、元気で快活なロリっ子だ。


「バウリング! だワン」


 キィンと高音が響いて、オークの頭が破裂する。


「勇者様、大変です、大切なお体に擦り傷が。回復はお任せください、ヒーリング」


 聖なる衣に身を包んだ清楚な聖女ジブリールが、俺に回復魔法をかけてくれる。彼女は聖光教会の修道女でもあるのだ。


「ありがとう」

「いえ……そんな」


 俺がジブリールの目を見つめて礼を言うと、彼女はその美しい顔を赤く染めてうつむいた。

 聖女は純情なのだ。


 みんな魅力的な女性達で、勇者である俺のパーティに相応しい。

 そして、俺にはあと一人仲間が居る。


「え? あっ!

 み、みんな、すっごーいニャ。

 ミーだって、自慢の爪でやっつけちゃうニャ」


 そう言ってジャンプからの一撃で、残った魔物ゴブリンを倒したのは、獣人格闘家のミーニャだ。


 猫耳に猫尻尾のオッドアイで、両手を身体に不釣合いな程に大きい猫の手へ変身させて戦う。

 クーンより少しだけ年上で、他人の良い所を見つけるのが得意なフレ……美少女だ。


 この四人が、最強チート勇者である俺のパーティー仲間だ。

 全員俺が助けた美しい女性達で、俺に感謝してメロメロなのだ。


「よし、村に出た魔族と魔物は片付いたかな?」


 俺は辺りを見回してそう判断する。


「いや、待て、なにか来るぞ!」


 ヒルデがそう言った直後だった。

 足下の地面から無数の杭が生え、俺の体を貫いた。

 俺は、全身を穴だらけにされて絶命する。


「あははははっ、やったぞ、勇者を殺したぞ」


 そう叫びながらトラック二台分はある巨大な魔族が、地面の中から生えた。


「手下を全部殺しやがって、だがまあ良い、勇者を殺せたんだ。

 後は、オマケのお前らを……」


「すっげえ痛かったぞ! スーパーブレイブスラッシュ!」

「ギャース」


 俺が放った超必殺の一撃を背後から受けて、魔族はその生涯を閉じた。


 ふふふふ、俺を殺したからって油断したな?

 馬鹿め、俺には転生するときに女神からもらったチート能力があるのだ!


 そう俺は、トラックに轢かれた後、女神を経由して、剣と魔法の異世界に転生した勇者なのだ。


 そして俺に与えられたチート能力が、


 『一日に一度まで、死んでも生き返れる能力』


 なのである。

 凄いだろ? 死を超越する超チート能力だぜ。


「さすがだな、勇者殿!」

「かっこいいですワン」

「本当に素敵ですね、さすが勇者様です」

「…………」


「おいっ、おいっ」

「え? あ!」


「すっごーいニャ」


「いやぁ、それ程でもないさ。みんなは大丈夫かい?」


 俺は大切なパーティーメンバーの無事を確認する。


「ああ、勇者殿のおかげでな、さすがだ」


 聖騎士ヒルデが俺を賞賛する。


「クーンは頑張ったので、撫でて欲しいですワン」


 美幼女で、犬の獣人魔術師クーンが、俺に可愛らしい耳が生えた頭を向けてくる。


「よーしよしよし」

「くぅーん」

 

 優しく撫でてやると、嬉しそうに鳴いた。


「私も勇者様のおかげで怪我一つありません、ありがとうございます。

 あ、村の人達が家から出てこられましたよ」


 聖女ジブリールの言うとおり、村の家々から村人達が外へ出てくる。


「勇者様、この度は魔族の襲撃から村をお救いくださり、誠にありがとうございます。

 これは些少ではありますが……」


 戦いの前に、確か村長だと説明されていた老人が、硬貨の入った小さな袋を差し出す。


「ああ、そういうの要らないんだ、俺は勇者だからね」

 

「まあ、さすがは勇者様です。本当に素敵です」


 村長の孫娘だという美少女がそう言った。

 今回の討伐は、この娘からの依頼だった。


「なぁに、当然の事ですよ。

 けれど、俺が勇者だって事は秘密にしてくださいね」


 俺は口に人差し指を当ててそう言った。

 騒がれたくないからね。


「権力者とかに見つかって、面倒くさい事になるのは嫌なんですよ」


 賢い俺は自分の能力を隠すのだ。


「はい、それはもう、分かっております勇者様」


 だが、こんな美少女に頼まれると嫌とは言えない。

 いやあ……目立って困ってしまうなぁ。



 ◇



「ステータスオープン」


 その日の夜、近くの街に戻った俺達は、冒険者ギルドの酒場で食事を注文して待っていた。

 俺は自分のステータスを確認する。


「おっ、レベルが上がってるな、よしよし」


「勇者様のその能力は本当に便利ですね。戦えば戦う程に強くなれるなんて」

「凄いですワン、クーンも欲しいですワン」

「ははは、それは召喚された者にしか使えない。まさに勇者様の証しみたいな物だな、我々には無理だ。

 ……おい」

「え? あ、すっごーいニャ」


「そうかい?」


 皆が俺を羨望の目で見ている。

 俺だけチートでごめんね。いやぁ、心苦しいなぁ。


「その力でこれからも人類の敵、魔族を討ってくれるとありがたいのだが」


 聖騎士ヒルデがそう言った。

 彼女は元人類連合王国の騎士なので、魔族から人類を救いたいと強く願っている。


 この世界の人類は、魔界からの侵略者である魔族に追い詰められていたらしい。

 そこで女神様が、異世界からチート勇者を転移させているそうだ。人類を救う為に、次々と。

 つまり勇者は、俺の他にも沢山居るらしいのだ。


「ああ、分かっているよ。

 なるべく目立たない様にだけどな」


 罪なき人々が、特に美少女が魔族や魔物に殺されるのは嫌だと思っていた。 


「お待ちどうさま、酒に、料理だよ。今からどんどん持って来るからね」


 酒場のウエイトレスが料理を運んでくる。


「わーい、クーンはお肉が大好きですワン」

「こら、行儀の悪い」


 さっそく肉料理にかぶりついた犬魔術師クーンを、聖騎士ヒルデがたしなめる。


「まあ良いじゃないか、さあ、みんな食べよう。遠慮は要らないよ」


 俺の懐には、以前受けた貴族からの依頼で稼いだ大金がある。

 それに、無くなったらまた稼げばいいしな。

 俺は気前が良いんだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


*第二部 猫格闘家ミーニャ視点


「はい、勇者二百三十六号が寝たので、本日の反省会を始めまーす」


 どこか疲れたような声で、騎士ヒルデがそう言った。

 勇者は酔いつぶれて、冒険者ギルドの二階に有る宿屋で寝ている。


「おい、ミーニャ、テメエいいかげんにしろよ?」


 ヒルデがあたしを睨んでそう言った。


「な、なんだよ?」

「ああん? なんだよじゃねーだろ?」


 勇者の前とは違って、チンピラみたいな口の聞き方だ。

 こいつはこっちの方が地だ。

 ヒルデは没落した貴族の末裔で、お家復興を狙うチンピラ騎士なのだ。


「テメエは気を抜きすぎだろ! ボーっとしやがって。

 勇者二百三十六号をおだてて、気持ちよく働かせるのが俺達の仕事だろうがっ!」


 そう、勇者を上手におだてて、雇い主である人類連合王国の意向に誘導するのがあたし達の仕事だ。

 もちろん勇者は気がついていない。


「う……いや、その、悪かったよ」


 どう考えてもあたしが悪いので皆に頭を下げる。

 だが、それでも言いたい事があった。


「でもさ、あたしのしゃべり方とか酷すぎないか?

 人類連合王国の奴ら、馬鹿な動物みたいな感じでしゃべれって言うんだぞ。

 全部ひらがなで語尾にニャつけて、流行を取り入れた感じでとか、やってられっか? もうさぁ」


「ごっごっごっ、ぷはー、

 最初はもっと割り切っていたじゃないですかワン。

 今更なんでですかワン?」


 犬の獣人魔術師クーンが、エールをがぶ飲みしながらあたしに尋ねる。

 こいつはあたしより一つ年上の十五歳で、成人している。

 勇者は子供だと信じているようだが。


「わっかんねえよ、なんかイライラするんだ。


 馬鹿みたいだろ?

 勇者が何かする度に、皆そろってすっごーい連呼とか、なんだあれ? コントなのか?

 なんか、ものすごく精神が磨り減るんだよ。

 なんでだろうなぁ……最初はそうでもなかったのに」


「甘ちゃんだからなのですワン。

 高額の報酬を貰っている自覚を持つべきですワン。クーンみたいに」


「お前は、よくずっとそんな口調で居られるよな、最初は普通に話していたろ?」


 そう、クーンは元々、語尾に『ワン』とかつけて無かったのだ。


「プロ意識の違いですワン。

 クーンは金額しだいで何でもしますワン。 

 なんといっても、この世で一番大事なのはお金ですワン」


「ちっ守銭奴が」


 あたしにはそんな風に思えない。

 金より大事な物だってある筈だ。


「それはお金で本当に苦労したことがない、甘ちゃんのセリフですワン」


 クーンのその言葉にはムカついた。


「別に甘い人生なんか送ってねえよ、自分だけが不幸を知ってるような顔すんな」


 あたしの生まれた村は魔族に襲われて壊滅している。

 父も母も姉妹もみんな死んで、逃げ切れたのはあたしだけだった。


「こんなご時世だからねー、不幸は超溢れてるよねー」

「テメエは自業自得だろ」


 偽聖女ジブリールの発言に、ヒルデが突っ込みを入れる。


「え~、アタイはちょっとシスターをかたっただけなのにさぁ」

「ばっか、娼婦でそれはヤバいだろ。ご丁寧に手作りの修道服まで着てよ。

 そりゃ聖光教会も捕まえて火刑に処そうとするだろうが」


 ヒルデのいう通りだとあたしも思った。


「だって客が欲しかったんだもん。

 コスプレの評判は超良かったんだよ、その所為でチクられたけどぉ」

「神聖魔法の適正が有って良かったな。

 勇者二百三十六号と一緒に、一年間働けば無罪放免だろ?

 頑張れよ」

「そうするー」


 ジブリールと会話した後、ヒルデがあたしの方を向いて、もう一度文句を言う。


「いいかミーニャ? 遊びじゃねーんだ。

 あんな馬鹿でもあいつには、人類の未来と、俺達の未来がかかってるんだよ!

 俺はあいつを上手く扱って、功績を上げて家を再興するんだ」


「あはは、アタイ達の未来はかかってるけどさぁ、人類の未来はどうだろうねぇ?

 あんなハズレ勇者にさぁ」


 そう、ジブリールが言うとおり、勇者二百三十六号は召喚された勇者の中ではハズレだと思われている。


「まあ確かに、勇者二百三十六号の能力は微妙だ。

 本人は凄い能力だと思い込んでいやがるがな」


 ヒルデが残念そうに言う。


「実際チートではあるのですワン。

 普通の人間だったらの話ですがワン。

 命に保険がある人生とか羨ましいですワン」


「でもさぁ、他の勇者と比べると超地味なんでしょ?

 強敵に勝てる力じゃないよねぇ、あははは」


 クーンとジブリールが勇者の能力を評価する。


「そうなんだよ。

 他の勇者は、なんでも切断するとか、絶対に守るとか、戦闘で役に立つ能力が多いのによ。

 ビーム出す奴もいたな、勇者ビーム。

 山が消し飛んで、ドラゴンが一撃で蒸発してて笑ったぜ」


 未だに人類連合王国の騎士で、任務としてここに居るヒルデは勇者の情報に詳しい。


「絶対に死なない不死身の勇者とかも居たよねぇ。

 あれじゃ勇者二百三十六号の立場なんか無いよ、あははは」


 ジブリールは、完全な上位互換勇者が居る事を知っているようだ。


「ちっ、配属されるなら、そういう当たり勇者が良かったぜ」


「あいつ、性格も悪いしねぇ。

 自意識過剰で、承認欲求が強くて、自分の事しか頭に無いし、ともかく褒められたいって感じで、薄っぺらいよねぇ。あははは」 


 ヒルデとジブリールが勇者の悪口を重ねる。


「まあ、自分が助けて優位に立った相手にしか心を許せないとか、笑うよな。

 その所為で、仲間になるのに一芝居打つ必要が有ったんだぜ」


「孤独で劣等感が強かったんだろうね。

 どんな人生だったんだか……あとむっつりスケベだしさぁ。

 パーティーメンバーは全員女が良いとか、ウケる。

 命がけなのに能力より見栄えかよって、あははは。


 しかも、別に身体を求めたりはしないのよねぇ。

 絶対に童貞だね、こじらせてるよ、あははキモい。


 だからまあ、あのウザい勇者にミーニャがイラつくのは分かるけどさぁ」


 ジブリールがそう言った。

 いや、そういうんじゃなくて……なんだろうなぁ、この気持ち。


「クーンは言うほど悪くないと思うワン」


 ヒルデとジブリールの会話に、クーンが加わる。


「勇者二百三十六号って、根は善人で臆病者だワン。

 おだてれば操るのも簡単だし、いいカモだと思うけど? ワン」


「相変わらずお前の腹は真っ黒だな。


 でもまあ文句を言ってもはじまらねえ。

 俺達は勇者二百三十六号に望みをかけるしかねえんだ。


 あんなハズレ勇者でも、ちゃんとレベルによる能力アップはするんだ。

 コツコツ身の丈に合った魔族を倒していけば、いつかは強くなる。


 そうすれば俺達の評価は上がるんだぞ。

 なんとしても俺は、そこで名声を得て成り上がるんだ」


 ヒルデは言葉を切って、あたしの方を向く。


「ちゃんとやれよミーニャ。お前だけ懸命になる理由が無くてもな」


「……分かってるよ」


 そりゃ、あたし一人だけは強い動機がない。

 高額な報酬につられただけだ。

 かといって、クーンほど金に執着がある訳でもない。

 こんな事、いつ止めてもいいのだ。



 ◇



「ヤベえヤベえヤベえ、あの魔族はヤベえよぉ」

「静かにしろジブリール、見つかるだろ」

「ヒルデ、もう居なくなったから大丈夫だワン。犬魔法ステルス解除だワン」


 クーンが隠密おんみつの魔法を解いた。

 ここは魔族討伐の依頼が有った村へと続く街道。


 そこであたし達は恐ろしく強い、巨大な人型魔族に出会った。


「勇者はどう?」


 あたしはジブリールに聞く。

 勇者二百三十六号は魔族の派手な一撃をくらって、ひき肉みたいになっていた。


「形になった、目を覚ますよ」


「ん……んん、あれ?」


「大丈夫ですか? 勇者様」

「やあ、ジブリール、俺はどうしたんだい?」

「勇者殿は、巨大魔族の一撃を受けて命を落としたのだ」


 ジブリールの代わりに、ヒルデが勇者に事実を告げた。


「そうか、俺は負けたのか」

「仕方ないですワン、きっと奴は魔族の幹部クラスですワン。

 いかに勇者様でも、まだ戦うには早すぎる強敵ですワン」


「そうですね、立てますか勇者様、それとも肩をお貸ししたほうが良いですか?」

「いや、大丈夫、一人で立てるよ」


 ジブリールが勇者を支えるようにして立つ。


「街へ帰ろう。残念だが仕方が無い」

「そうだニャ」


 ヒルデが街の方向へ歩き出し、あたしもそれに続く。


「魔族はどうしたんだい?」

「街道を歩いていったのですワン」

「どっちへ?」

「向こうですワン」


 クーンが指差した方向を勇者が見つめ、


「依頼をしてきた村が、この先に有るんだよな?」


 そう聞いた。


「え? あ、ああ、しかしだな……」


 ヒルデが緊張した面持ちで答える。

 まさか、この馬鹿勇者……。


「村の人達は勇者を待っているよな? あの美少女も」


 依頼に来た美少女は勇者をやる気にさせるサクラだったが、村人が待っているのは本当だった。


「我々の手には負えない! 先程、全滅しなかったのは奇跡みたいなものだったのだ」


 ヒルデが勇者に怒鳴る、正論だ。

 あたし達が村へ向かっても、死体が増えるだけだろう。


「大丈夫だ! 俺はチート勇者だからな」


「いやいやいや! その能力を今使っちゃったよね?

 今日はもう復活出来ないだろ!」


 あたしが思わず突っ込むと、勇者はポカーンとした顔になった。

 あれ? あたしの言ってる事は間違ってない筈……あ!


「出来ない……ニャ?」


 あたしが言い直すと勇者はにっこりと笑った。


 ……なに笑ってんだ馬鹿。

 分かってんのか? こいつ?


「いいか! あいつには勝てないんだ! 

 あたし達の攻撃も、勇者の必殺技ブレイブスラッシュも通じなかっただろ! ニャ!」

「まだスーパーブレイブスラッシュを使ってない、威力は二割五分増しなんだ」


 あたしの指摘に、勇者がこぶしを握り締めてそう反論する。


「微妙だよ! 微妙すぎるよ!

 ブレイブスラッシュは全然効かなかったんだ、その程度の差なんて誤差だろ! ニャ!」


 あたしがそう言っても勇者には引く気配が無い。


「ああ見えて、あと少しで効いたのかもしれない。

 九十九回叩いた後の壁みたいなもので、あと一度叩けば壊れるのかもしれない」

「そうは思えないし、そんな可能性はすっごく低いだろ! ニャ!」


「わ……わかってる」


 勇者は深刻な態度になった、馬鹿でもやっと理解したのか

 だが、すぐにその顔はどこか覚悟を感じさせる表情へと変わる。


「そ、それでも行く、勝つ可能性が少しでも有るなら。俺は勇者だからな」


 こいつ、こんなキャラだったか?

 なんでこんな頑固なんだ?

 死ぬのが怖くないのか?

 くそっ、なんかすごくイライラする。


「あたしは行かないからねっ! 無駄死になんてごめんなんだから……ニャ!」


 そう怒鳴ってから気がついた、よく見ると勇者の足が震えている。

 なんだよ、やっぱり怖いんじゃないか。


「ああ、俺一人で行くよ、皆は街で待っていてくれ」


 勇者はそう言って、あたし達に背中を向けて駆け出した。



「仕方ない、もう面倒を見切れない、帰るぞミーニャ」


 ヒルデがそう言って街へ向かって歩き出す。

 ジブリールとクーンがその後に続き、あたしもとぼとぼとついて行く。


「あーあ、失業ですワン」

「ねえ、これ、アタイ死刑になるのかなぁ?」

「ああ、出世が……」


「これってアタイの所為じゃないよね? これで死刑は酷くない? なくない?」

「知るか、くそ! やっと掴んだチャンスだったのに……」

「惜しい金づるだったですワン」


 皆、不機嫌に愚痴を垂れ流しながら歩く。


 ああ、まただ。

 あたしは凄くイライラしていた。

 なんだこれ?


「ったく、馬鹿が! あいつ、ハズレ勇者の癖によっ」


 ヒルデが吐き捨てる様に言った。


 本当にそうだ。

 ハズレ勇者の癖に、まるで本物の勇者みたいにかっこつけやがって……。

 本物の勇者みたいに……


 あれ? 待てよ?



 ……あ、そうか、分かった。



 勇者二百三十六号。

 あいつは確かに性格が歪んでいて、鼻持ちならない男だ。

 チートも今ひとつで弱い。


 けれど、それでも弱者が困っていれば、決して見捨てずに戦ってきたのだ。

 例えそれが他者から賞賛されたいという動機だったとしても、自分を認めて欲しいという歪んだ欲求からだとしても、確かに人々を救ってきたのだ。


 よく考えれば、何度も殺されるってのも辛い。

 それなのに、心が折れることもなく、ずっと……。



 なんだあの馬鹿、正真正銘、本物の勇者なんだ。



 あたしは、自分の村が襲われた時の事を思い出す。

 あの時は、誰でも良いから助けて欲しいと思った。


 今度の村だってそうだろう。

 ほんの僅かでも勝てる可能性があるのなら、見捨てずに来て欲しいに決まっている。


 ああ……あんな馬鹿が、あたしの村にも来てくれていたなら……。

 そう、仮に勝てなかったとしても……。


 ちっくしょ、なんでイラついてたのかが分かった。

 あたし、あいつのこと嫌いじゃないんだ。

 だから、適当にあしらっていた自分にムカついてたんだ。


「おいミーニャ、どうしたんだよ?」


 いつの間にか足を止めていたあたしを振り返り、ヒルデがそう言った。


「あたしさぁ、やっぱあいつを追いかけるわ」

「待てよ! 死ぬんだぞ!」


 走り出そうとしたあたしの手を、ヒルデが掴んで止める。

 うん……こいつも案外良い奴だよなぁ……。


「ありがとな、知ってるよ。じゃあな」


 あたしはヒルデの手を振り切って走り出す。



 ◇



 勇者に追いつくと、もう戦いが始まっていた。

 戦場は村の直前で、村人達が逃げ出して行く姿が遠くに見えた。

 ああ、この時間が稼げてるだけで凄いや、こいつ。


 ほら、あんなに血まみれでボロボロになっても戦っていやがる。


 あたしは両手を大きな猫の手に変えて、巨大魔族に襲い掛かる。

 あたしの爪は通らず、傷一つ付かなかったけれど、魔族の注意を勇者からそらす事は出来た。

 

「馬鹿っ! どうして来たんだっ!」


 勇者は、まずあたしの心配をした。ふふっ♪

 あたしは魔族の攻撃を避けながら応える。


「まあ、あれだ、嫌いじゃないぜお前! だから、ここで一緒に死んでやるよっ!」

「え? なにその口調?」


 こんな窮地でも、あたしのしゃべり方が気になるんだ。

 仕方ない、言い直してやるか。


「ミーはどこまでも勇者様と一緒ニャン」


 お、そう言ったら勇者の奴が嬉しそうだ、よしよし。


「だが、しかしっと」


 あたしの攻撃は全然通用していない。


 やっぱ狙うなら目かな?

 あたしはジャンプして、爪を魔物の顔に突き込む。

 だがその攻撃は額に弾かれ、目には届かなかった。


 無理して高い場所を攻撃したあたしを、魔族が巨大な腕で狙う。

 あ、ヤベっ、着地際でかわせない。こりゃ死んだかな?


 覚悟を決めたその瞬間、派手な衝突音がして、あたしに向かっていた腕は大きな盾に受け止められていた。


 「ったく、諦めんのが早ええだろ、馬鹿猫」

 「わりぃ、嬉しいぜ」

 

 次の攻撃が来る前に、あたしとヒルデは魔族から遠ざかる。


「立て直すですワン。犬魔法エアファング」


 後退するあたし達を援護するクーン。


「ヒーリング」


 その間に、ボロボロだった勇者をジブリールが治していた。

 へへ、悪くない気分だ。

 よし、折角だから勝ちに行こうか!



 ◇



「はーい、勇者二百三十六号が酔いつぶれて寝たので、反省会でーす」


 ヒルデがそう言うと、ジブリールが不満を漏らす。


「ねえヒルデ、あの魔族はなくない?

 人類連合王国はアタイ達を殺す気だったてことぉ?」


「いや、全くのイレギュラーだった。

 本来相手にする筈の魔族は、もっと弱い奴だったんだよ」


「クーンは特別ボーナスを要求するですワン」

「アタイもアタイも、でもさぁ、よく勝てたよねぇ」


「そうだな、あれは奇跡だろ。

 弱点が足の小指で、強くぶつけると死ぬとかよぉ。

 しかも偶然攻撃が当たるとか」


 ヒルデがしみじみと言う。

 あたしもそう思う。


「しかもアイツさぁ、サンダル履いてたんだよ。

 馬鹿なの? アホの子なの? ウケる! あははははははは」


 酒が回ってきたのか、ジブリールの笑いが止まらない。


「ずいぶん大人しいですワンね?」


 黙ってぼんやりと皆を見ていたあたしに、クーンが話しかける。


「あ? まあ、なんでもねえよ」


 これはこれで、そこそこ幸せだなっとか思っていた。

 勿論こいつらには、そんな事言わねえけどな。


「今日の反省会はもう良いだろ? なんか疲れたから、もう寝る」


「ああ、そうだな」

「おやすー」

「クーンは肉のおかわりを所望するのですワン」


 あたしは三人に手を振って、宿屋の二階へと上がる。


 そうだ! 勇者のベッドに忍び込んでやろうかな?

 どうせ手出しなんか出来ないだろうし。


 起きたら驚きつつも喜ぶだろ。

 思い切りニャンニャン言って、からかってやろう。 


 あたしは鼻歌交じりで、勇者の部屋へ向かった。

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チートハーレムの裏側 ~勇者が寝た後、ハーレムメンバーが本音で反省会を開いています~ まにふぁく茶 @manifakucha

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