フレッグ・ビスタ
「キノコマンはどこに帰ったんですか?」
浴びせられた砂をペッペッと吐き出しながら、バールは尋ねた。
「この世のどっかにある秘境あたりじゃない?」
「ふーん、あの傷で死んじゃったら、もう呼べないんですか?」
「負傷した個体は存在力が低下しているから、〈契約召喚〉自体が難しいわね。物体そのものを移動させる〈空間転移〉なら可能ね」
「そんざいりょくって初めて聞きます」
「実際に強制召喚を教えることになったら説明するけど、簡単に言えば、仮初めの主従の関係にあるの。相手が自分より器が大きければ、従わせられないし、自力で動けない状態でも強制できないということね。だけど、個体を指名しなければ、別のキノコマンを呼べるわ。そのため、術士は名前を使い分けるのよ」
「名前、ですか」
そう言えば、強制召喚の際、マクシミリアンは自分の名を名乗っていたが、関係あるのだろうか。
「存在するものには〈
「上位とか下位とか、あるんですか?」
「そうね、召喚術やってると、関係ないような気になるし、上下関係みたいで、紛らわしいわね。勇者なんていう飛び抜けた才を持つ人間は、悪魔を倒し神さえ味方につけるから、これは例外というより個人差ね。大まかに区別があるということなの。勇者はあらゆる存在と円環を成す可能性がある、キノコマンにはない。可能性の幅だと思えばいいわ」
「ちょっとよくわかんないです」
「真名の取得については、あんたが魔法使えるようになったら、やるから」
「う、はい」
いきなりマクシミリアンが杖を構える。
「〈古き契約〉は簡単だから、ちゃちゃっとやるわよ」
バールはあたふたと付近を見回す。
「オレはどこにいればいいんですかっ」
「指定してもしなくても、文句が多いわね。もうどこでもいいわよ、諦めた」
「あきらめないでっ!! もうずっと魔法一発〜からの説明じゃないですか、ビックリ箱で身がもちませんよ。せめて先に魔法の内容を教えてください!!」
「そう? じゃあ《フレッグ・ビスタ》やるから」
再び杖を正面に突き立てる。
「まーって待って! 説明になってないから! 技名言っただけだから! それっ」
「そのワザ名っていうのやめてくれる?」
「聞いてます? 師匠、オレは驚きたくないんです、感動はしたいけど、
「細かい」
バールは頭を抱える。
「なんでも対応できるくせに、投げないでくださいよぅ」
泣き言を吐く弟子の様子に、見た目以上にビビっていたのかとマクシミリアンは思い直す。
「わかったわよ。最初の講義で話したこと覚えてる? 魔術の基礎の第三段階を処理できれば、《
「覚えてます。魔法書を紹介してましたね」
「そうよ、この第三段階というのが、杖を使った魔力制御ができる前提で、さっき見せた《
「…………」
「わかった? 魔術士になる方がずっと汎用性が高いのよ。召喚術に特化してやろうという人が少ない理由よ」
「……オレは後悔してません」
「今、間が長かったわね。別に強がらなくてもいいんだけど?」
マクシミリアンは途中で投げ出す生徒を、今までにも多く見てきている。
「いえ、召喚魔法でも使いこなせたら、強くてかっこいい魔法使いになれると思うから、大丈夫です」
(なんかちょっと言い方がむかつくのは、気のせい?)
「仰ってたように、魔法円が作れて、魔法書に載っている呪文が言えれば発動できるんですね」
「〈古き契約〉はそうね。効果範囲を頭に入れておかないと、何を加減していいのか、何を調整できて、できないのかわからずに大惨事になるわ。だから必ず試運転をすること」
「これから行う魔法はどんな効果があるんですか?」
「とにかくまぶしい」
「……はい?」
「とにかく、まぶしいの」
「それだけ?」
キョトンとするバールに至極真面目な様子で、静かにマクシミリアンは告げる。
「あのね、召喚魔法が他の大系魔法に比べて人気のない理由をもう一コ教えるわ。使い物になる魔法の少ないところよ」
「術者はまぶしくないとか」
バールの師匠は静かに首を横に振る。
「困るじゃないですかっ」
「本当にね。じゃ、もうやっていい?」
「うぇえぇえ?」
マクシミリアンは杖を構える。
「〈古き契約〉では召喚術で行う異界を開く『
マクシミリアンのまとう雰囲気がふいに変わったことを、バールは察知する。
何回かそばで見ているうちに、詠唱に入る前に集中する瞬間、ここではない場所に意識の焦点を持っていくような、浮遊感と気迫を感じるようになっていた。
術者を中心に目に見えない力が収束していくのがわかる。
「
厳かな響きに呼応して、二箇所に魔法円が展開。
術者を守る円陣が足元に浮かび上がる。
もう一つ巨大な召喚円が、術者の前に地面を覆うように刻まれる。
そのどちらもが、これまでと違い青白い光に黒い火炎をまとっていた。
「 来たれ《
召喚円からせり上がる物体。
地上から生える
「きれいですねぇっ!」
気がつくと、師匠が星を見ようともせず、背を向けている。
というか
「し……」
ポポンッ
次の星が地上から飛び出した。天井近くの星が重力に従い、ゆっくり落ちて来るのをかすめるように飛び立っていく。落ちて来た星は、再び浮上することも、消失することもなく地面に残る。そのうちに次から次へと巨大な星が飛び交い始めた。
ポポン、ポン、ポポンッ
ポポポポンッ
「あ、ちょっとこれ、減らないんですかね、まぶ……」
ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポンッ
「っあー、目がぁああああーー!!」
あっという間に実験場は埋め尽くされた。
目をつぶっても構わずまぶたを通して、閃光が視神経を焼いてくる。
「下手に動くと危ないから、座ってなさーい」
「ちょ、師匠っ、いつ消えるんですかこれっ、じゃなくて早く消してくださいよっ」
「見えない状態でどうやって消せるのよ、バカじゃないの?」
「これ呼んだ方がバっ!うぐへっ」
さまよううちに足がもつれて、バールは受け身を取れずに地面に転がる。
「異界の存在だから、物質として残らないわ。そのうち消えるわよ」
「その頃には目の前が真っ暗んなっちゃいますよ!!」
「古代魔法は完璧に発動してくれるけど、その分、決まったことしかできなくて操作性が低いから、要注意よ」
「オレ、光に焼き尽くされるか、窒息するかのどっちかです」
地面に掘った浅い凹みに顔を埋めながら、くぐもった声でバールは呟いた。
召喚魔法の実演は、だんだんと公衆の面前で行うには抵抗のある醜態を繰り広げていた。それに関わる講師と生徒、二人の授業はいよいよ最終局面を迎えようとしている。
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