血の盟約
ネリー・オーズは発見された。
その姿は変わり果てていた。
マリテュスの
犬に似た四肢を持つ巨大な獣は、どれも青みがかった体毛で全身を鎧っていた。毛のように見えるものは羽毛だったり、鱗だったり、個体差があって、バールは怖いというよりその違和感に見入った。
三体から、一昨日の午後、死霊術の書架に集まった記録が出た。
マクシミリアンはその三体に、動きを再現させることにした。
バールが提案したのは、合成獣の行動から、ネリーの足取りを予測すること。
ネリーは四冊のうち、書名の順が後のもの、入ってきた通路から最も遠い所にある本へ直行したと思われた。
それは
すでに明かりが消えていたのか、まだ明かりが点いていたのかはわからない。ネリーが本に近付いた時に消えたのかもしれぬ。
バールは、ネリーは死霊と遭遇したのだろうと考えた。
ただバールと違い、鏡で正体を暴こうとも、退けようともしなかった。
合成獣たちの足取りは、ネリーがバールと逆に鏡から離れて行った先で、魔法が使われたことを示す。
どこも同じ作りの、長い本棚の終わりの辺り。そこに人が消失する何があるというのか、バールには分からなかった。
「ネリーさんは、逃げたかったんだと思うんです」
バールが師匠を見る。
「怖かったんだと思います」
「死霊が?」
「死霊が見せたものが? そんななりふり構わない状態で、何かをしたんでしょう……攻撃じゃない、もっと強い、なんだろう」
「……」
マクシミリアンは想像してみた。死霊相手に、隠れられるような場所はどこにもない。
嫌な予感がした。
「あんた私の弟子なんだから、命くらい預けなさい」
「えっっ」
とっさにイヤとか言う暇がなかった。
レオン・マクシミリアンが
プツンッと引きちぎったものを、親指と人差し指の間で、握り潰した。
「おいで、」
その後に続いた名をバールは聞き取れなかった。
急に辺りの空気が、濁るように、重くなり、実際に感じる重圧に耐えられなくて、地面に膝を着いたせいだった。
会話だけが聞こえていた。
『いよぅ、久しぶりだなぁ、かわい子ちゃん』
「時間がない、手短に言うよ」
聴きながら、目も耳も五感の全てが痛覚にまみれていた。物理的な痛みではなく、その苦痛は幻覚だった。死霊の比ではない魂を
『おい、まてよ、まてよ。こいつは貢ぎもんか?』
「違うよ。いいかい、この中にある禁断の書の封を解け」
『ええ、おい、どれのことよ』
「沢山あるのかい?」
『そうだな。こいつは死んでる、こいつも死んでる、ん。こいつはまだ生きてんのかな』
「なんの話し?」
『本がまだ向こうと繋がってるかって、話しよ。一冊だな』
「開けて」
『壊していいのか』
「壊すのは本だけだよ」
『仰せのままに』
笑うような声の後、バールは今日二度目の気絶をした。目覚めた時、最初に目にしたのは、老人のように老け込んだネリー・オーズの変わり果てた姿だった。
後日、ネリーの師から礼を言われ、その後、回復したネリー自身からも、事情を聞くことになるのだが、この時、人を呼んでくるからと、ネリーに回復呪文をかけたマクシミリアンが、バールを置き去りにしていなくなった後、空腹と自分がまだ地下の固い床に転がっていることに気が付いたバールは、いいかげん外に出たくて、泣きそうになった。
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