召喚(空間転移)
マクシミリアンは眉をひそめた。バールは拗ねているようだった。
「師匠、いつになったら、魔法教えてくれるんですか」
「選んであげた基礎課程の授業受けてないの?」
「言われた授業にはちゃんと出てます」
「属性魔法の演習があるでしょ」
バールは途方にくれた顔で師匠、レオン・マクシミリアンの顔を見た。
「オレだけ上手く魔法が出ないんです。師匠が座学じゃなくて、演習講義ばかり選ぶから」
「座学だって入れといたわよ」
「魔術式の構築論じゃないですか!ペーペーがいきなり内容のわからない式を書けって言われても!」
マクシミリアンは喚いているバールに対して片耳を塞いで尋ねた。
「古代語の暗誦の授業には出たのね?じゃ、黒板の文字を読んでごらん」
「え……と、自ぶ、われ?我は、違うな……『わが声』は『汝』なり」
「じゃあ、これは」
カカッとチョークが走る。
「『鍵』。『汝』は『鍵』なり
『鍵』はあまねく『世界』を
『視る者』なり」
「問題なさそうね。受講内容に変更なし」
「いや、あの、言葉を暗記したから読めただけで、みんなが手から水とか炎とか出せるのに、オレだけ何も出ないんですよ?」
「手から水とか火が出たら危ないでしょ」
「……いや、騙されませんよ」
バールが適正審査の後にもらった、魔力値に合わせた講義一覧は師によって大幅に修正され、出るべき授業を指定されていた。
そこにバールの意見は一切挟まれなかった。
講義に出てみてわかったことは、「並」である実力より、高度な理解を必要とする授業を、受けさせられているということだった。
「何言ってるの、習うより慣れが大事なのよ」
「何に慣れればいいんですか!」
「……しくじった時の空気」
「はあっ?」
「慣れておきなさい、必要になるから」
「ちょっと師匠」
「指定した回数出席したら報告。身に付いたかどうか試験するから」
もうわけがわからないと思いながら、弟子はしおらしく頷いた。
「召喚術には他のあらゆる魔法の知識が必要になるから、あんたはせめて代表的な分野に関する知識を持つこと。私の講義以外でね」
「属性の地水火風光闇時、攻撃、防御、治癒と系統別に詠唱、精霊、神聖、死霊、付与、禁忌、ですね。系統に暗黒魔法ってありましたっけ……」
「それもだけど禁忌と呪詛の講義もしてないはずだから、私が教えることになるわ。それからできるだけ人間以外の友達を作んなさい」
「探すだけでひと苦労ですけど」
「やるのやらないの」
「やります……」
弟子はしおらしく(略)
マクシミリアンは黒板に単語を書き始めた。
「慣れる為に私の講義は古代文字で行います」
バールは喉の奥で呻いた。
「召喚魔法の種類を確認します。そこメモ禁止」
「オレしかいませんよ!うう」
「大別して、空間転移と契約召喚の2系統に分かれます。空間転移は魔法陣円上の移動という原理に基づいています。対象物に魔法陣を描くか、魔法陣で囲み、指定した場所に対になる円を描いて起動させることで発動。移動させた物体は魔法陣を解除しても消えないという特性があり、指向性が低く、基本的には移動させることしかできません」
「引っ越しに便利そうですね」
「そうね。移る先の家に魔法陣を描きに行くなら、ついでに家財道具を運ぶわね」
「……」
「まぁ実際、そういう使われ方をするわ。魔窟内の罠にもそういったものがあるしね。指向性が低いというのは、移動させる物質を切り刻んだり、燃やしたり、現出させた後に動きを加えたりという指示ができないということよ。ただし、高度に技術を上げれば不可能ではありません」
「ええっ、すごいっ」
「指示を織り込んだ複雑な魔法陣を描くか、現出の瞬間に2重3重に魔法を発動させれば、理論的には可能というだけで、命がけで実行した術者は助かったとしても髪と歯が抜け落ちるでしょうね」
「なんか具体的ですね」
「興味があるなら、召喚術士の失敗録を読みなさい」
マクシミリアンは召喚術士の体験談が載っている魔導書の名を、バールにいくつか挙げてみせた。
「空間転移はもっとも単純な召喚魔法だから、今説明した原理を知らなくても使えます。〈力ある言葉〉、呪文を唱えることで魔法陣が描かれ起動し決まった現象が喚起される。必要なのは正確な発音と、魔法陣を維持し壊さない程度の魔力の出力」
「前に言ってた
「原理は一緒だけど、古代魔法文明の魔法使いが、膨大な魔力で設定した異界からの召喚術だから、厳密には契約召喚に分類するわ」
「?」
後で説明すると言って、マクシミリアンはバールを見据えた。
「空間転移の発動に重要なのは、正確な発音。いいわね? 古代語の暗誦授業、文字に慣れるのは読みだけじゃないってこと。全力でやんなさいよ」
「はいっ」
どの講義にも意味がある。手から魔法が出ない行為も、全力でやらなければならないようである。
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