レオン・マクシミリアン
師曰く、
召喚術なめんな。そんな甘いものではぬぁい。
「召喚術は異界を結ぶすべのことである。この世には私たちが物質界と呼んでいる世界の他に数多の異世界がある。精霊界も神界も異世界の一つ。精霊魔法も神聖魔法も召喚術と定義が可能です」
「はい」
「ただ精霊使いが行う精霊魔法は召喚ではなく、その場の限定的な精霊の使役ね。魔術士が行う精霊魔法と違って、複雑で高度なことができるわ」
「はい」
「ていうか、なんであんたまだいるの」
召喚魔法の講師レオン・マクシミリアンの講義を受けていたのは、バール一人だった。
「……みんなが風邪で休んだからです」
「お子様のくせに気を遣わなくていいわよ。余計に隙間風が吹くじゃない」
「もうオレ一人です」
「途端に素直っていうのも考えもんね。だから、なんであんたは風邪こじらせてないの」
「……オレは召喚術士になろうと思います」
「……あんたバカなの?」
酷い言われようだった。
「ええと、えっと、魔術士は人気があります。後方支援とはいえ、大きな攻撃魔法とかはやっぱりかっこいいと思う。でもオレは考えたんです。マイナーな魔法の方がより目立つんじゃないかって」
静かに聞いていたマクシミリアンは言った。
「喧嘩売ってる?」
「売ってません。あと、センセイが面倒なら基礎を教えてもらえれば、自分で練習して身に付けます。やっぱり実戦経験が上達につながると思うし、重要だと考えてます。早く冒険に出たいし」
「本音がダダ漏れね」
「ダメですか」
「あのね、最初の時に途中までしか言わなかったけど、召喚魔法は魔術士ならある程度誰でも使えるの」
「センセイが教えるのは召喚術なんですね」
「さっきも言ったけど、召喚術は繋いだ異世界から力を借りるものなのよ。精霊界、神界はまだ馴染みがあるでしょうけど、私たちは精霊使いや神官ほどその世界の力を上手く利用することはできない」
「そう、ですね」
例えば信仰を持たない者の声と、信者の声のどちらが神に届きやすいかというのは、バールにも想像できる。
「もともと召喚術はある魔導士が物質界とは別の世界を発見した所から始まったの。別の世界を観測する為に発展した技術ね」
初めて耳にする話にバールは聞きいった。
「だから最初に求められたのは安全性よ。安全がだいだい確保されてからは異世界との交渉。各世界への接し方はそれぞれ変わるわ。何言ってるかわかる?」
「よく、わかりません。召喚術は召喚魔法じゃないってことですか? 冒険者にとっては役に立たない?」
「あんたよっぽど冒険者になりたいのねー。召喚術を研究すればある意味冒険者だといえるわよ、この世界じゃない場所の冒険だけど」
(それは、どうなんだろう)
バールは急に思ってもみなかった方向性を示されて考え込んだ。
「私は研究者としてこの世界のこともだけど、異界も守りたいの」
はっとしてバールはマクシミリアンの顔を見る。
「そうよ。もう召喚術はある程度確立してる。いくつもの世界がここと繋げられた状態なの。世界の均衡を保ちながら、術者は力を行使しなければならない。それには技術よりも道徳的な精神が必要だと思うんだけれど。あんたどう思う?」
バールは初日のマクシミリアンの態度に少しだけ合点がいった。主に名前を気にしていたことは譲らないが、それでも召喚術をやすやすと人に教える気がないことはその理由も含めてわかったように思う。
そうして自分に突き付けられた質問が、お前は召喚術を扱うのにふさわしい人間なのかと問われているのだと察しがついた。
「それはオレには答えられません」
「なぜ?」
「オレは召喚術が具体的にどういうものかまだ知りません。知らないから使う目的も持てない。動機がないのに、その良し悪しを決めることはできないからです」
マクシミリアンから見て、バールは素直で裏がない人間だったが、それは開き直ったような正直さだった。何を腹の底で望んでいるのか、おそらく本人もまだわかっていないのだろう。
だが、真剣さは伝わって来た。
バールを信じたわけではなかったが、何者かになろうとしている姿を評価した。
「早く冒険者になりたいというなら、厳しく教えるわよ」
「え」
「明日も来ていいわ」
「ありがとうございます!」
バールはレオン・マクシミリアンに弟子入りを果たした。
マクシミリアンの耳に廊下を遠ざかっていく鼻歌が聞こえる。
慣れた様子で礼儀正しく挨拶したあと、退出していくバールの足取りは妙に軽快だった。
「音痴ね……鍛えないといけないわ、これから」
久しぶりの弟子になる。マクシミリアンは未知の新芽を育てる気持ちをもって、その苦労と滑稽さを思い軽く息をついた。
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