第9話 想定外の出来事

 彼らがダンジョンに入って3時間が過ぎた。

 まだ目的地の遺物があるフロアへは到達しない。

 予想以上に現れる魔物との戦闘で時間が多く取られているのが原因であると言えた。

 このままでは夜になってしまう。

 ダンジョンの中では昼夜は関係ないが、なるべく夜に調査を持ち越すのは避けたいところだった。

「……まだ着きませんか?」

「まだですね……此処はダンジョンの中間層ですから、早くてもおそらく後1時間はかかります」

 それも順調に進めばなので、魔物が現れればその分かかる時間は増える。

 ジャドは小さく溜め息をついた。

 体を動かすのは決して嫌いではないのだが、こうも戦闘続きだと気が滅入ってくるのだろう。

 ふと、先輩もダンジョン調査ではこんな思いをしていたのだろうかという疑問が浮かぶ。

 先輩は元冒険者ではなかった。体を動かすことも苦手だった。感じていた苦労は自分の比ではなかったに違いない。

 愚痴っていても仕方がない。目の前のことに集中しよう。

 軽く頬を掌で叩いて、彼は闇が蟠る前を見据えた。

 その分、足下への注意が疎かになっていたのかもしれない。

 壁から伸びていた木の根に足首を引っ掛けて、彼は盛大に躓いた。

「わ」

 ずしゃ、と顔から床に突っ込んで、頬を勢い良く擦る。

 物音にびっくりしたカームが振り向いてきた。

「大丈夫ですか?」

「転んだだけです。大丈夫……」

 ジャドの言葉は、最後まで続かなかった。

 起き上がろうと床についた手が、急にぼこんと沈んだのだ。

「え」

 ジャドがいる場所を中心に、びしびしと床に罅割れが生じていく。

 それはあっという間に穴となり、床に這い蹲っていた彼を飲み込んだ。

 唐突の出来事だったので、彼は反応が遅れた。

 そのまま、床の欠片と共に、彼は階下へと落下していった。

「ジャドさん!」

 カームの声が小さくなって、消えていく。

 光も失って真っ暗になった世界の中で、ジャドは頭だけは守ろうと身体を縮めて受身の体勢を取った。

 やがて、背中から身体全体を貫く衝撃が彼を襲った。

「!……ごほっ」

 思わず咳き込み、表情を歪める。

 受身を取ったことが功を奏したのか、痛みはあるものの骨が折れているといったことはなさそうだという事実に安堵した。

 ジャドはゆっくりと、周囲を見回した。

 真っ暗な視界は、何も映さない。風の流れもなく、砂埃の匂いが鼻についた。

 物音は──しない。少なくとも彼の近くには、何かがいるといったことはないらしい。

 ジャドは手探りで鞄の口を開け、中からランタンと火打石を取り出した。

 暗闇に手元を狂わせながらも、何とかランタンに火を灯す。

 弱々しい明かりが、周囲の様子をぼんやりと照らし出す。

 見える範囲内にあったのは、ごろごろと転がる大きな岩と、砕けてぼろぼろになった石畳の壁。そして。

「……これは……」

 鎧を纏った人を象った、白い色の石像だった。

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