第2話 遺物調査依頼

 冒険者はカーム・アレクシアと名乗った。

 職業は学者。遺跡やダンジョンに埋もれた古代文明の遺物を専門に研究している王都出身の研究者である。

 何故、王都の学者がこんな辺境の街に?

 その理由は、彼の口から語られた。

「まずは、こちらを御覧下さい」

 交流スペースのテーブル席に移動したジャドとカームは、向かい合わせの形で席に着いた。

 カームは懐から何かを取り出すと、静かにジャドの目の前にそれを置いた。

「ダンジョンで発掘された遺物の一部です」

 それは、一見すると白い石の欠片であった。

 何かから欠け落ちたものなのだろう。表面にはつるりとした部分とざりざりとした部分がある。

 つるりとした面には細い溝のようなものが掘られており、それは模様のようにも見えた。

「失礼ですが、鑑定してみても?」

「ええ。どうぞ」

 ジャドは石を手に取って、精神を集中させた。

「鑑定眼」


『【古代の遺物】

 古代文明の遺物の一部と思わしき石の欠片。』


「……確かに、遺物ですね」

「この街の西にダンジョンがあるのは御存知でしょうか。この遺物は、そのダンジョンの最下層で発掘されたものなんです」

 ダンジョンとは、自然に発生する迷宮のようなもので、中に魔物が数多くひしめいている危険な場所だ。

 その分、宝物が隠されていたり価値のある遺物が眠っていたりと、魅力も多い。

 そのため、多くの冒険者が出入りしている場所でもある。

「私が発掘した遺物はほんの一部なのですが、それでも1人では運び出せないほどの大きさがありました。あの場所にはまだ多くの遺物が眠っていると、私は睨んでいます」

 この遺物の正体が何なのかを調査したい、というのがカームの申し出だった。

 運び出せないほどの大きさの遺物を現地で調べて、この遺物がいつ作られたものなのか、学術的に価値があるものなのかどうかを知りたい、というのだ。

 そのために、腕の良い鑑定士の同行を求めているらしい。

「お願いします。私の調査に協力して頂けないでしょうか?」

「ダンジョンの最下層、ですか……」

 ジャドはちらりとギルドカウンターに立っているヘンゼルに視線を向けた。

 ヘンゼルはこちらの様子を伺ってはいるが、口を挟んできそうな気配はない。

 あくまで自己責任で、この依頼を受けるかどうかを決めろと言っているようだ。

 ジャドは、元冒険者だ。多少の荒事には慣れている。

 調査中に魔物が出てきても、彼ならばそう苦労することもなく追い払うことができるだろう。

 後は、彼自身に依頼を受ける気があるかどうかだが──

「その遺物は、冒険者たちには発見されてないのですか?」

 ジャドは石をカームに返しながら尋ねた。

 カームは石を受け取って懐に戻しながら、答えた。

「見た目はただの石ですから……冒険者には、発見されてもそれが価値のあるものかどうかは分からないと思います。おそらく今も、手付かずの状態かと」

「そうですか……」

 ジャドはしばし目を伏せて考えた後、頷いた。

「分かりました。この依頼、お受けします」

「引き受けて頂けますか!」

 ジャドの手を取って、カームは笑顔で頭を下げた。

「ダンジョンに入るための準備が必要でしょうから、明日の朝こちらにお迎えに上がります。それでは、宜しくお願いします」


「引き受けることにしたのね」

 カームが帰ってから。台帳を開きながら、ヘンゼルはジャドに言った。

「ジャドちゃんは元冒険者だから大丈夫だとは思うけど、ダンジョンは魔物がいるから、くれぐれも油断しないようにするのよ」

「大丈夫です。俺、ダンジョンの怖さはよく分かってるつもりですから」

 ジャドは頬を指先で掻きながら、僅かに口の端を上げた。

「いつも出張で活躍してた先輩みたいに、俺も外で立派に勤めを果たしてきます」

 彼の発した決意の言葉に、ヘンゼルは静かに微笑んだのだった。

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