鑑定士のおつとめ
高柳神羅
第1話 鑑定士の憂鬱
平穏な日常の、昼下がり。
彼は、窓の外を見て溜め息をついていた。
「……はあ」
普段はきりっとした金の瞳も、この時ばかりは力なく睫毛の裏に隠れている。
瞳だけではない。緑の鱗が浮いた白い肌も、すっとした細い顎のラインも、絹糸のように細い銀の髪も。
妖艶な雰囲気を醸し出しているはずの身体は、力が抜けてぼんやりとした気を纏っていた。
彼の名は、ジャド・レスマインド。
此処ラニーニャの街の冒険者ギルドに勤める若き鑑定士である。
「…………」
ジャドは窓から視線をそらして、机の上に並べられている品々に目を向けた。
宝石の装飾が見事な剣、大粒のダイヤモンドが輝く指輪、花の意匠が凝った純銀細工のネックレス。
全て、冒険者ギルドに持ち込まれた鑑定依頼品である。
ジャドの仕事は、こうして持ち込まれた品物を鑑定し、その価値を見定めることだ。
此処に勤め始めてから、彼は鑑定一筋の生活を送っていた。
その生活は、彼にとっては充実したものであった。
それと同時に、何処か物足りなさを感じるものであった。
その物足りなさは、ここ最近になってからはより大きくなっていた。
理由は、はっきりしていた。
「……先輩」
呟き、額に掛かった前髪をくしゃりと掻き上げる。
「……元気でやってるかな、先輩……」
彼の言葉は、静寂に溶け込んで消えていった。
──彼には、同じ鑑定士の先輩がいた。
鑑定の腕前においては他の追随を許さない、一流の鑑定士と呼んでも過言ではないほどの人物であった。
手際良く品物を鑑定し、時にはダンジョンに潜るほどの行動力を持つその鑑定士は、ジャドにとって憧れの的であり、尊敬できる唯一無二の存在だった。
その鑑定士は、とある事情から此処ラニーニャを離れ、隣の街に転勤していった。
普段から彼を身近に感じていたジャドにとって、それは大きな喪失感を感じるほどの出来事であった。
「……会いたい、なあ」
叶わぬ思いを口にして、ジャドは机の上の鑑定品を手に抱える。
鑑定が済んだ鑑定依頼品は階下のギルドカウンターに持って行くのが決まりなのだ。
ゆっくりとした足取りで、彼はギルドカウンターに向かった。
カウンターには、普段と同じ様子で台帳を片手に仕事をしているギルドマスター、ヘンゼルの姿があった。
ヘンゼルは見た目はスキンヘッドで強面だが、母親のような振る舞いが接していて安心すると冒険者たちに人気のある人物である。
ジャドはカウンターの裏に回りながら、彼に声を掛けた。
「鑑定が済みました。此処に置いておきますね」
棚に、鑑定品を並べていく。
そうしていると、背後からヘンゼルの声が掛かった。
「ジャドちゃん、何だか元気ないわね」
「……そうですか?」
棚に品物を並べ終えたジャドが振り向く。
「俺、普通ですけど」
「そうかしら? アタシには何だか魂の半分が削がれた人みたいに見えるわよ」
ヘンゼルは鋭い。冒険者たちの母親と揶揄されているのは伊達ではない。
ちょっと取り繕ったくらいではあっさりと見抜かれる。
「また考えてたんでしょ、イオちゃんのこと」
「…………」
図星を指され、ジャドは観念したように短い溜め息をついた。
「……ええ、まあ」
「貴方、イオちゃんのこと慕ってたものねぇ」
ヘンゼルはふふっと笑って、ジャドの肩にぽんと手を置いた。
「でも、駄目よ。貴方、イオちゃんと約束したんでしょ? 1人でも立派にやっていくって。それを破るようなことをしたら駄目」
「……はい」
ジャドは頷いた。
彼にとって、ヘンゼルの言葉は乾いた地面に滲み込む水のように身に沁みた。
此処で自分がどんなに淋しがっても、状況が変わるわけでも淋しさが埋まるわけでもないのだ。
自分はもう立派な大人なのだから、いつまでも子供みたいに背中を丸めているわけにはいかない。
胸を張って、生きていかなければ。
そうでなければ、遠くの街にいる先輩に顔向けができないではないか。
「こんにちは」
背筋を伸ばしてヘンゼルの顔をじっと見つめるジャド。
その彼の視界の端に、カウンターを覗き込んでいる1人の冒険者の姿が映った。
「冒険者ギルドは此処で合ってますか?」
「ええ、此処は冒険者ギルドよ。何の御用かしら?」
声のした方に振り向くヘンゼルに、冒険者は言った。
「あの、実は鑑定士の方に是非ともお願いしたいことがあるんです──」
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