22-07 ホント、モテモテだね、あんた

「……そうかも……しれないな」


 確信がもてないまま、俺はつぶやく。


 わからない。

 ZOEがどう判断するかなんて俺にはわからない。けれど、ZOEを、彼女を人として見つめてみる。そう試みてみる。ZOEを、彼女を人に重ねて。HALに……ハルにかさねて。


 俺は顔を上げ千尋の横を見ると、いつの間にか車椅子すがたの千葉がいた。彼女もまた、千尋の真似をして、軽く左耳を指でおさえて、かすかに微笑んでいるようにみえた。


 霧島千葉もまた、お願いしてみて、そう言っているのだ。


 三馬さんと柳井さんを見る。二人もまた俺見てうなずく。


 車を見ると、千代田怜が後部座席のドアにもたれかかって腕を組んでいた。目が合うと、「ホント、モテモテだね、あんた」と言って、あきれ顔で笑った。


 俺は榛名に向きなおる。

 目を向けられた彼女は、ほかのみんなとは打って変わって、戸惑っているのか、ゆらゆらと視線が揺れた。それに俺もつられてしまう。俺と榛名は、おたがいに視線が絡み合った。


「なに、動揺してんだよ」

「……だって、平手打ちしたあとだからさ」


 そんなこと気にしてたのか。


「それに、愛されているZOEさんにお願いするんでしょ? あまりわたしのこと、見つめちゃダメだよ」

「茶化すなよ。あと、あんま痛くなかったぞ」

「手加減したから」


 あのときの感触を思い出して、左の頬をなでる。


「ありがとう」


 榛名はうん、とうなずいて、妹とおなじような笑顔を見せた。

 俺はひとつ深呼吸して、間違えないように、誤解を与えないように、ZOEに伝える言葉を、こころのなかで整理する。


「ZOE」

「はい」

「お願いだZOE。二二日までのあいだ、俺たちがもとの世界に戻るまでのあいだででいい」


 そうだ。


「――ライナスとハルを、HAL03を救うために、俺たちに手を貸してくれないか」


 ZOEへのお願いの言葉を、そう言い切った。


 沈黙。


 伝えた言葉が、どう伝わったのかはわからない。けれど、いま俺たちが望むことを言葉にするとしたら、こういうことなんだと思う。


 気の遠くなるような、なんにんもの人生がそこにあるような、途方もない、ほんの小さな間。それが、世界を支配したあと、


「わかりました」


 彼女は、ひと言、そう答えた。




 一五分後、HAL05が戻ってきた。

 彼女の印象は、いままでと変わらなかった。けれど、俺と視線を合わせたとき、彼女はわずかに微笑んだような、そんな気がした。


「北海道内に潜伏せんぷくするKGBおよびゴーディアン・ノットのいままでの行動予測および、敵ASI――人工超知能の戦略予測から、ライナス博士とHAL03は、ソ連本国へと送還されるとZOEはみております。その際、国外への脱出手段は、潜水艦せんすいかんも含む船舶せんぱく、航空機、ヘリ、そして有人ロケットが想定されます」

「留萌へ向かう二三一号線、海岸線を走らせていた理由はそれか」

「はい」

「なんとも磯野君、ZOEは君の行動も予測済みだったようだ」


 三馬さんは笑いながら言った。


「笑ってる場合じゃないだろ、三馬。そもそもあんな襲撃事件を起こしておいて、宣戦布告なんてされてないだろうな」

「今回の事件は、反政府組織ゴーディアン・ノットによるものとして発表されています」

「新東京駅の襲撃事件と同様、ここまでされても日米両政府ともだんまりを決め込むんですか?」

「柳井、東西どちらからも宣戦布告なんてするはずがない。そんなことをすれば世界は核の報復ほうふくで終わる。だから双方とも冷戦を維持しているんだ。また、そういう最悪な事態に陥らないためゴーディアン・ノットが国内に多数仕込まれている。それに、二つの事件どちらとも、攻撃されたのはアメリカ本土ではない。日本だ」

「……まったく。気に食わん」


 柳井さんはため息をつき、


「HAL05……いや、ZOEさんか、あなたはいまあげた脱出手段のうち、どれがいちばん可能性が高いと思う?」

「有人ロケットです」


 HAL05は即答そくとうした。


「いちばん現実味の無い答えですね」

「いえ、柳井さん、移動手段として現実性の高い選択肢であるかい空域くういきは、日米両政府、軍事機関がすでに対策済みです。現在、北海道北西沿岸部の領空および領海の警戒態勢を最大にしています。ソ連側は、航空網を抜ける唯一ゆいいつの手段として、道内に極秘ごくひに建設したロケット基地から有人ロケットを飛ばし、二人を回収する計画を立てていると考えるのが、妥当かと」

「まてまてまて! 道内にソ連のロケット基地だと!? 本当にあるのか!?」

「ZOEだけでなく、NSAエヌ・エス・エーの分析結果から日米両政府ともに存在することを想定しています」

「呆れたな。陰謀論めいたオカルト話が国家公認だと? そもそも本当にそんなものが日本にあるとすれば、スパイ天国どころじゃないぞ」

「ZOE、話を差し挟ませてもらうが、さっき敵AIと言っていたね。磯野君たちの話では、何度かそのAIに君は出し抜かれたという話だが、いまHAL03が敵の手駒となっている状況で、そのロケット基地を突き止めることは可能なのか?」

「博士、現在、ZOEはNSAおよび日本版ヒューマノイド型ASI――人工超知能ISOアイ・エス・オーと連携して、ここ一週間の通信量および、交通網の利用状況から、KGBの足取りを分析しています。昨日、磯野さんたちが襲撃された、伊達だて有珠うす町付近の道央どうおう自動車道に現れた軍用車両が使用した経路は判明しています。ですが、敵AIの妨害に合い、いまだロケット基地の場所を特定出来ておりません」

「まてまてHAL、ISOってなんだ?」

「ISOといえば普通は国際標準規格のことを指すが、そういう意味でではないよな」

「俺は仮想ドライブ用のDVDの拡張子かくちょうししか思い浮かばんぞ」

「磯野さん、あなたの遺伝子を用いて作られたヒューマノイドのことです」

「え?」


 カロリーメイトを水なしで頬張り、森の中から真柄さんに手をつれられた坊主頭のことを思い出した。


 あ、あの丸坊主のこどものことか!


「あ、ISOってさ、なにかの略じゃなくて磯野だから、イソでISOってことじゃないかな」

「はい。正解です竹内さん」


 HAL05は真顔のまま答えた。


「ダジャレかよ……」

「わたしが名付けた訳ではありませんので」


 人ごとのように言うHALもギャグにみえるな……。

 じゃあ、あの子供にまたどこかで再会したら、あいつのこと、イソって呼べばいいのか?


「もうひとつ情報が。ソ連側ASIのコードネームも判明しました。HAL03拘束時、ZOE側との連携解除のタイミングで入手出来ました」

「いままでさんざんかき回してくれた敵AIの名前か」

「彼女の名前はСпасскаяスパスカヤ。サンクトペテルブルグにある地下鉄駅の名前と一致しています。名前の意味は救世主」

「……救世主。二人を何度も襲い、世界を滅亡に近づける人工知能につけるにはなんとも皮肉な名前だな」

「磯野君と榛名さんを手にしていないソ連から見れば、サイバー戦で主導権しゅどうけんを得られるその人工超知能は、まさに東側の救世主なのだろうよ」

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