22-08 悲鳴という表現のほうが近いかもしれません
ところで、と三馬さんは一度あらためたあとつづける。
「ZOE、たしかめておきたいのだが、君の言うすべての世界が救われる道筋となる世界線は、ライナス博士とHAL03の救出と、その後の磯野君と榛名さん二人が二二日にもとの世界に戻る、というシナリオと重なるものなのか?」
「お答え出来ません」
「答えられない理由は?」
「その質問もお答えできません」
「私の予想だが、ZOE、君の能力でも確実性の高い未来予測は不可能ということか? もしくは、私の問いの答えを、いま我々が知ってしまうことで、求める未来への選択肢を閉ざしてしまう、からか?」
「…………」
「沈黙もまた答えか。なるほど」
「申し訳ありません、博士」
「いや、いいんだ」
三馬さんは俺たちに顔を向ける。
「我々は我々で正しいと思える道、求める道を選ぶというだけだ。なあ、柳井」
「なんで俺に振るんだよ」
「お前がいちばん難しい顔をしているからだよ」
三馬さんは笑った。
「じゃあ俺からも訊くが、ZOEさん、これからその日本の国防的にはあまりに間抜けなそのロケット基地をどうやって見つけ出すんだ? スパスカヤ……か。その地下鉄駅AIには、ZOEさん、あなたの情報を抱えたHALもいるんだ。まともにやったところで
「ロケット基地の所在地は、八月二二日には判明します」
「八月二二日? 世界の入れ替わり――俺たちの帰還の日じゃないか!」
俺は声を上げてしまう。
「はい。磯野さん、あなたがたの世界の入れ替わりのタイミングに合わせて、東側はロケットの発射準備を開始するでしょう」
「ソ連側が世界の入れ替わりタイミングをなぜ知っているんだ?」
「HAL03の回収で、ソ連側はこちらの持ち得る情報の多くを共有しました」
「もうひとつ訊くが、なぜソ連は、二二日、世界の入れ替わりのタイミングを狙うんだ?」
「あなた方二つの世界の入れ替わりのタイミングに、情報の道から流れ込む情報量が飛躍的に増加します。西側各国のスーパーコンピューターおよび稼働しているZOEをふくめた人工超知能のリソースは、解析のために一時的にその多くを割くことになります」
「つまり、
「その通りです、博士」
「ZOEさん、二二日の打ち上げのほかには、ロケット発射基地への手がかりは見つけられない?」
「榛名さん、現時点では困難な状態です。ただし、HAL03が私達へなんらかのメッセージを伝えてくる可能性があります」
「メッセージ?」
「悲鳴という表現のほうが近いかもしれません。HAL03は、北海道大学襲撃の際、作戦範囲のすべての監視カメラからの情報をリアルタイムで取得していました。北大病院一階での銃撃時、私達ZOEとの競合――接触がありました」
「え、それって……。ZOE、お前は、ネットを通じてハルと接触したってことか?」
「はい。その際、HAL03側にノイズが発生しました。わずかな時間ですが、強い電磁波ノイズです」
「それが悲鳴?」
「そのデータを先ほど解析したところ、多くは意味消失していましたが、数カ所ですが、磯野さん、あなたの名前を意味した情報がデータに存在していました。作戦実行前から、HAL03は磯野さんのことを観ていたはずです。時間を照合すると、磯野さん、あなたが危機に直面したとき、そのノイズは発生しています」
俺と榛名は互いに顔を見合わせた。
彼女の瞳が悲しそうに伏せられる。
ハルは、俺たちを観ていた?
あの襲撃まえから?
ハルは、意識を持ったまま敵の人工知能に操られ、その手足として行動していたってことなのか。ということは、脱出したあともハルは俺のことを――
「磯野さん、私達ははいま現在、光学観測衛星の視界からはずれています。つまり、敵の目の外にいます」
「ZOE、口に気をつけろ。ハルは敵じゃねえ」
「この四日のあいだに、そのHALから、ノイズに混じってなにかしらの情報が送られてくる可能性があると言いたいんだな? ZOEさん」
頭に血がのぼってまともに話せない俺の肩に、柳井さんが手をおいた。
「はい。敵ASIスパスカヤは、HAL03を完全には制圧していない模様です。彼女の脳を生かすことで、彼女のスペックを最大限までいかそうとしているのでしょう」
「意識を持ったまま、操られているってことか」
「それでは話をまとめよう。ZOE、君はこの四日間にNSAと……ISOだったか、磯野君のDNAを持ったヒューマノイドと連携してロケット基地の位置を探る。その間、HAL03から情報が送られてくるのを待つ、それでいいかね」
「はい、博士」
「では、我々はどうすればいい? 我々もまた、ここで待つのか?」
「衛星の目があります。主に低高度を周回する偵察衛星の監視網を避けるため定期的に移動する必要があります」
「ああ、つまり当初の予定どおり、私達は三台の車に分かれて四日間かくれんぼをするってことか。なら、ロケット基地を見つけたらどうする? 自衛隊の特殊部隊が救出にいくことになるのかね?」
「日米両政府は、ライナス博士とHAL03両名の東側への脱出を望んでおりません。判明次第、日米共同での制圧作戦が実行されます」
「救出作戦では無く制圧?」
「はい。東側の手に渡るのを阻止するために、制圧を最優先させます。作戦がロケット発射に間に合わない場合、ロケットへのミサイル攻撃も計画に入れています」
「……なんなんだよ、そいつら」
「磯野君、まあ落ち着け。ZOE、ということは、ライナス博士とHAL03を救うには、猫の手も借りたい状態なわけだ」
「はい。皆さんには、救出作戦を実行していただきます」
「ということだそうだよ、磯野君」
三馬さんに肩を叩かれた俺は、頭にのぼった怒りが、その
「……すみません」
三馬さんはもう一度肩を叩いた。
「ZOE、じゃあ、ロケット基地のことは君に任せたよ。我々は三台の車にどう分かれるかくじ引きでもしようか。柳井、作ってくれ」
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