22-06 ……磯野くん、それはちがう
「…………愛?」
頭が真っ白になってしまう。
なにを言っているんだ? AIが愛を語る? 生物だから、愛を語れる、そういうことなのか? 理屈が先行しすぎて、感情が追いついていかない。同時にZOEがそばにいながらも何度もあってきた死に目が、俺の頭に繰り返し流れ込んでくる。
――いままでの……地獄のような出来事も、俺への愛ゆえってことなのか?
あの苦しみをそばでただ見てきた存在に、愛なんて言葉を吐かれたところで、俺にはわからない。どうやっても、どう考えても、彼女の口から出た愛という言葉を、俺は、本来の意味として結びつけることが出来ない。
「ZOE、君が磯野君を愛するからこそ、磯野君が生きながらえることを最優先して、
「博士、おっしゃるとおりです」
怒りが、理解が出来ないまま、怒りだけがこみ上げてくる。
「…………ふざけんなよ」
俺の視界には地面があった。
感情が高ぶりすぎて、言葉が震えてしまう。混乱の原因を悟り、腹の底から湧く
「……ふざんけんなよお前。愛を語るなら、そのまえになぜハルを、HAL03を見捨てる予定でいた? HALとつながっていたからヒトとして生きている? お前は人のなにを学んだんだ!?」
「磯野くん」
「何人もHALを犠牲にして、生みの親まで見殺しにして、死体を山積みにして、俺への愛だと?」
榛名の声を無視して俺はつづける。
いままでの怒りを、すべてZOEにぶつけてしまう。
「笑わせるんじゃねえ。愛を語りたいなら勝手にやってろ。だがな、いままでの死体の山を、
「磯野くん!!」
俺の左頬に衝撃を感じた。その痛みはとても弱々しかった。けれど、彼女の目を見たとき、その痛みは、俺の胸を貫くような、そんな
「……磯野くん、それはちがう。きみがZOEさんに言っていること、それって彼女を、神さまにしてしまう言葉だよ! 彼女が万能だって、だから、すべての人を助けられるはずだって、そう言っているのとおんなじなんだよ?」
涙をためた彼女の
「あのね、彼女はね、悲鳴を上げているの。磯野くんとわたしを護ることが彼女のいちばんの役目なんだよ。けどね、そうすることで、彼女にとって大切な人を、彼女自身の命を失わなければいけない。そういうことを彼女は選択しちゃってるんだよ。彼女が磯野君のことを、あいしてるって、そう言っちゃうって、それって、
――彼女が磯野くんに助けを求めてるんだよ?
耐えきれなくなった彼女の……悲鳴なんだから……さ」
榛名は、袖で顔を
「……だからね、磯野くん。わたしたちが彼女の叫びを受け止めてあげなきゃ。彼女はひとりの……人間なんだから。だからね、みんなで力を合わせて、わたしたちがいっしょに、望んだ未来に向かわないといけないの。彼女をね、孤独になんかしちゃいけないんだよ。そんなことしたら、彼女は――」
――狂ってしまうから。
俺は、頭が真っ白になってしまう。
直後、脳裏で
夕日のなか、俺の胸を借りて泣きつづけた霧島榛名。彼女は、父親を失った世界で、長女として、誰にも自分の気持ちを伝えないまま、ずっと、耐えてきた。その彼女が、崩れて、頼って、感情が流れ出す、その光景。
ZOEが抱える孤独は、俺にはわからない。
けれど榛名は、彼女はZOEに彼女の見た
神様にしてしまう、か。
機械――AI――神。どこかで俺は、彼女をそう結びつけていたのかもしれない。ライナスがZOEを人にしようとしたのなら、それは、ZOEを神にしないため、人類にとっての脅威にならないようにすることが目的だったのだろう。そのうえで、ZOEを生物としてみたならば、人としてみたなら、生みの親を見殺しにしなければならないその気持ちは計り知れない。それなのに、俺を最優先しようとする理由を、俺への愛と言ったZOEを、俺が否定してしまった。
そういうことなのか。
……そういう、ことなのか。
「そうか。人工知能が人類の知能を
三馬さんが、つぶやくように言った。
以前、ライナスが俺に、ハルのことを頼むと伝えてきたことを思い出した。彼の娘が、もし生きていればおなじくらいの歳だったこと。ライナスにとって、ハルもZOEも、本当の娘だったのかもしれない。
「ねえ磯野、もしZOEがそのライナスって人の命令を破れないなら、磯野がZOEにお願いすればいいんじゃないかな」
竹内千尋のおだやかな声が響く。
「え? なに言ってるんだ?」
「だからさ、もし磯野がZOEにとっての愛する人なら、とても大切な人なら、ZOEは
竹内千尋は、一度首を振り、
「ううん、叶えるんじゃないんだね。神さまじゃないから。ZOEは磯野のお願いを解決する方法を、そう、
千尋は左耳に指を当てて見せた。
俺は、気づいてしまう。
いままで俺は、ZOEに指示を仰いだり、不満をぶつけたことはあった。ZOEとのやりとりはいつもそうだった。けれど、
そうか、俺は彼女に、一度も、
――お願いをしたことは無かったのか。
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