21-02 もといた世界の八月一七日の夜になにをしていたのか。きみは覚えているかい?
三馬さんは立ち止まり、俺たちに腕時計をかかげて見せる。
「八月一八日 〇時三五分?」
「すこし時間が過ぎてしまったがね」
「……時間? 時間が関係あるんですか?」
「とても重要なことだ。磯野君、もといた世界の八月一七日の夜になにをしていたのか。きみは覚えているかい?」
「八月一七日の夜?」
俺がもといた世界の八月一七日。
映研世界とオカ研世界、どっちの世界に俺はいた?
座り心地の良いソファの感触。
俺の五感が当時の記憶を先まわりした。そして、
――むこうの僕は、すでにこの世にはいないらしいが
午後の日差しが差し込む玄関先で、おだやかな男の声が耳に届く。
あの日は、彼女たちの父親から、ちばちゃんの……いや、霧島榛名の大学ノートを受け取ったんだ。映研の部室に戻った俺は、彼女の大学ノートに目を通し、三馬さんと
「
「え? なんです?」
三馬さんは、うなずきながら「これから我われが行うことだよ」と答えた。ドアのまえにいる警察官に、三馬さんはひと言つげると、大会議室のドアがひらかれた。
そんなに広くはない空間に、高級そうなスーツを着た大勢の人びとがいた。いくつかの丸テーブルがその
壁側を見ると、なんとも場ちがいなものものしい機械が置かれていた。はなやかな空間に
「あれは
「そうだ」
大会議室中央にいた人びとは、俺たちに気づき目を向けた。
「まあ、行こう」
俺たちの行く先を、まるでモーセが海を割るように人びとが道をつくった。ゆっくりと一歩、一歩、その道を俺たちは進み、ひとつの丸テーブルへとたどりついた。
目的地らしき丸テーブルの上には、置き時計とペン、そしてひらかれた大学ノートが置かれていた。その横に録画中をしめす赤いランプが
「これは」
「昨日、八月一七日の夜に、きみたちは向こうの世界であるメッセージを受信したはずだ。いまからその状況を
大学ノート。
ひらかれているのは最後のページ。
「この世界にもあったんですか」
「きみたちの世界とおなじものを見つけ出し、用意したんだ」
この三つ目の世界が、俺たちの二つの世界がもとになっているとするなら、大学ノートも存在するのはわかる。そもそも俺や榛名だっていたんだ。そう考えれば当たり前だ。
ということは、この大学ノートを使って――
「あのメッセージを、あなたたちが?」
三馬さんは首を振った。
「きみたちと一緒に、我々が「これから」発信するんだ」
「俺たちが?」
三馬さんはつづける。
「いまから彼らにメッセージを送ることで、はじめてこの世界は存在出来る。向こうの世界にいるもう一人の私に、彼が
どういうことだ?
この世界はすでに存在している。
「俺たちがここからメッセージを送ることでこの世界が生まれるって、
「親殺しのパラドックスなんて言葉、よく知ってるね」
向こうの世界であなたと柳井さんの会話から知ったんですよ、と言いかけて、俺は口をつぐんだ。
「この世界を
ライナスも言っていた情報の道。
ここで言う情報とは、世界を
「情報の道をひらく……この世界が生まれるきっかけを、ここにいる俺たちが作ることになる?」
「そういうことだ」
「もし、メッセージを送らなければ?」
「この世界も、君と霧島榛名さんも、やがて消えてしまうだろう」
「……鶏が先か、卵が先か」
「そういうことだ」
この世界が消える。
俺も榛名もこの世界にたどり着くことがなくなるわけだから、いままで起こった出来事を無しに出来るってことじゃないのか? それって、
「この世界が消えるなら、俺たちはもとの世界に戻る、つまりすべてが解決するんじゃないですか?」
「それはちがう。君たち二人は、この世界にたどり着いてしまった。この世界の八月七日から一八日までの時間的な道筋を作ってしまったんだ。もし君たちが消えてしまったら、
――君たち二人がこの世界にたどり着けなかったことが事実となってしまう。
そうなれば、君も榛名さんとともに、八月三一日からこの世界に至るまでのワームホールの出口を失ってしまう。結果として、君たち二人はバルク空間に永遠に閉じ込められてうだろう」
「バルク空間……。つまり、色の薄い世界に俺と榛名が閉じ込められる?」
「そういうことだ」
俺にとってはじまりの日。八月七日の
色の薄い世界にとらわれた彼女。
あれとおなじことが、今度は二人いっしょに起こるっていうのか?
三馬さんは、テーブルのペンを手に取り、俺に差し出した。
「磯野君、私たちを信じてくれ。この世界と君たちの世界を救う一歩を、今日踏み出すことが出来るんだ。これはこの世界における初の時間
……タイムトラベル実験。
「信じていいんですね?」
「ああ」
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