20-06 きみたちと私たちの目的は同じはずだから

 落胆らくたんしているひまなどなかった。

 とはいえ拳銃を構えるにも、榛名を抱えた状態じゃなにもできない。逃げ出すにしても、千葉を置いてもいけない。


 俺は、左耳のイヤフォンをはずし、周囲を警戒けいかいした。


 人影たちのうち、前方にいる数人が、俺たちに近づいてくる。

 その動きは、奇妙きみょうなことに生気せいきを感じられなかった。規律きりつとか、そういう次元とはちがう。映画で見るゾンビのように機械的だった。


 俺は、固まったまま動けない。


 ……どうすればいい?


 一歩、一歩と、人影が近づいてくる。

 武装したシルエットは、その顔が見えるくらいまでに迫ってきた。


 俺は、榛名をつよく抱き寄せる。


「……え?」


 ところが、無数の人は俺たちをどおりし、ジェット機の方角へと向かっていった。


 すれ違いざまに見えた兵士の迷彩めいさい装備は、自衛じえいたいのもののようだった。

 あの顔、どこかで見た記憶がある。


 けど、どこで……?


「きみは、磯野くんか」


 聞き覚えのある声に俺は振り返る。


 そこには武装ぶそうした一人の兵士がそこにいた。

 その兵士は、たったいますれちがった兵士とは違い、意識をもってそこにいるように思えた。男が数歩近づいたところで、ヘルメットの下にある顔があきらかになる、


「……あなたは……佐々木さん?」


 以前、富士ふじジオフロントのう科学かがく研究所で、拳銃の扱い方を教えてくれた兵士。そして、地下の駐車場ちゅうしゃじょうで、俺とハルを銃撃じゅうげきしてきた、敵。


 佐々木さんは無線を取り、なにかを伝えている。


 腕のなかにいた榛名が、身体を起こした。


「榛名、大丈夫か?」

「ありがとう。わたしは平気。この人は?」


 榛名が立ち上がるのを手伝いながら、俺は「佐々木さんだ」と答えたあと、彼女の耳もとで、油断するなと付け加えた。


「磯野くん、無事だったのか」

「どうしてここに?」

極秘ごくひ任務にんむ……と言いたいところだが、きみも当事者とうじしゃだったな。国家の安全保障ほしょうおびやかす集団を排除はいじょするためだ、と言っておこう」

「……KGBの特殊部隊」

国家こっか非常ひじょう事態じたい宣言せんげんはきみたちも知っているだろう。それにもとづいた行動だ」


 奥からもう一人、自衛隊の隊員には似つかわしくない、半袖はんそでのワイシャツとスラックスの格好かっこうの男が、もう一人、小さな子の手を引きながら現れた。周囲には護衛なのか、数名の兵士が同行どうこうしていた。


「真柄先生」

「数日振りだね。きみたち二人がいるということは……そこにいるのは、霧島きりしま榛名さんになるのか」

「俺たちを捕まえに来たんですか」


 俺たちは一歩後ずさる。


「待ってくれ。磯野くん、きみたちが自死じしをつかって、世界を収束させることを我われは望んではいないよ」

「あんたの望みは関係ない。俺たちの邪魔をするなら、」

「すまない。あまり時間がないんだ。きみたちは、きみたちの目的のためにも急いだほうがいい」

「俺たちの目的?」

「北大へ急ぎたまえ。きみたち……いや、今回は磯野くんか。きみがこれから行うことは、この世界においても重要なことだ。いまはZOEに任せるよ」

「けど、ZOEは、」

「……ああ、敵の妨害にあっているのか。我われの通信網に入り込めばいいものを。……出来るか?」


 手を引いていた子供に、真柄先生は言った。


「その子は……」


 そこにいたのは、研究所でカロリーメイトを分け与えた子供だった。

 サイズの合わない防弾ベストを着たその子は、俺を見て一瞬目を細めたあと、なにごともなかったかのように表情を消した。


「ああ、研究所で会っていたのか」

「なんで、こんな小さい子を――」


 言葉を発した瞬間、俺はライナスの言葉を思い出す。


 ――彼らもまた、イソノさんの遺伝子を利用して、バルク空間へアクセスしようとしている


 そうか。この子は、ハルとおなじ――


「……俺のクローン、なのか」


 真柄先生はうなずく。


「そいつを使ってどうする気だ」

「ZOEと同じだよ。磯野くんの遺伝子を持つヒューマノイド・クローンなんだ。バルク空間への侵入および、この世界と、国家の安全を守るためにはたらいてもらう。ただし、人工じんこう知能ちのう主導しゅどうけんを握るZOEとは違い、この子がコントロールのかくとなる」

「……コントロールの核?」


 さっきのゾンビのような兵士の顔が、頭をよぎった。

 どこかで見覚えのあるあの顔。そこですべてが結びつく。あれは、


 ――研究所のエレベーターの正面、ガラス越しに並んでいた人間たち。


 ハルを助け出すときに見た、無数の「人」だった。

 人形のように立ち尽くしていた彼らもまた、


「あれも、ヒューマノイドか」

「ああ、あの兵士、デミ・ヒューマン――じんのことだね。あれには意思がない。軍隊アリのようなものだ。この子があやつっている」

「その子が? あの兵士たちを?」

「大丈夫だ。きみたちの仲間には手を触れないよう命令してある」

「……手を触れないって」


 ――助けてくれるのか?


 俺の脳内が、わらをもすがるように、その言葉を吐いてしまう。

 だが、目の前にいる男を、俺は信用できない。……ああ、俺のクローンを作り、それを黙っておきながら利用するこの男を、信用してはならない。


 ……けれど、それならライナスとのちがいは、なんだ?


「間に合えばだがね。今回がはつ実戦じっせん投入とうにゅうなんだ。期待しないでくれ」


 ああ、そうだ。

 この男は、どこかで人としての冷たさを感じるんだ。

 それが、ライナスと決定的にちがう。


 真柄さんは、護衛の自衛隊員たちとともに、無数の銃声が響くジェット機の方角ほうがくへと歩きはじめた。


「では、また会おう。きみたちと私たちの目的は同じはずだから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る