20-05 ちゃんと……信じなきゃ、ね

 星が降るって……地球が重くなったそのさきは、


「……ブラックホール」


 ――二つの世界、つまり二つの宇宙の質量が、この世界のある一点に流れ込んでくれば、ブラックホールの発生条件は簡単にクリアされてしまう。


 あの屋敷で、ライナスとはじめて会ったときの言葉。


 この言葉が正しければ、すでに俺たちの二つの世界も、この世界の地球が引き寄せてしまっている。


「ハルが、言っていたのか?」

「ううん、ZOEさんが」


 ZOEが?


「わたしたちの心の状態も、この世界に影響を与えてしまう。ZOEさんはそれを狙っているから、協力してほしいって。けど、わたしたちがそれを望むなら、覚悟が必要になってしまうから――」

「なんで俺には言わないんだ? なんでZOEは、俺に、」


 榛名は、右手の杖から手を離す。


「どうした?」


 その右手つかって、榛名は眼鏡をはずし、防弾ベストの陰から拳銃を取り出した。


「……え?」


 榛名は、拳銃の銃口を、おのれのこめかみに当てる。


「大丈夫、だから」

「駄目だ!」


 榛名は、安心させるような顔で、それは、まるで、ハルのようで、


 轟音ごうおんが、すべての音を、奪う。


 俺はとっさに、抱えている千葉をおろそうとして、

 世界が、歪んだ。




「……ちくしょう!!」


 俺と榛名が、数十メートルうしろへとスライドされていく。

 スローモーションのまま、倒れ込んでいく榛名と、幾度も重なり合った状態の俺が、見えた。


 ……ほぼ同じ状況の俺が、無数にいるのか?


 世界の歪みがおさまるのと同時に、千葉を置いた俺は、倒れ込む榛名に駆け寄る。


 苦しそうにうめく榛名。

 俺は、彼女を抱きかかえた。


「馬鹿やろう!!」


 榛名は、いっそう青くなった顔を俺に向けて、


「……磯野くんだけじゃないんだよ? わたしも、わたしにも、世界を、みんなを救う力があるんだから」

「だからって、こんなこと、お前にさせるなんて……俺は!」

「三七パーセントだって」

「三十……七パーセント?」

「わたしのほうが、確率が高いんだって。だから、これは、わたしの役目」

「……役目って、お前」

「けどね、わたしたちなの」

「わたしたち?」

「ただ、引き金を引くだけじゃダメなの。磯野くんも、わたしも、みんなを救うって、そのための覚悟をしなきゃ」

「そんなこと、俺だってわかってる!」

「……大丈夫。磯野くんは、さっき、やり切ったから」

「え? ……俺が?」

「彼女が犠牲になろうとするのを、磯野くんが命をけて否定してくれたから」


 ――……磯野いそのさん……わたしが……あなたを……。


「……そういうことなのか」

「だから今度は、私の番」


 けどね、と榛名は俺を見上げ、


「何も起こらなかったら、もう一度、わたしが、やらなくちゃ」


 ……は?


「駄目だ! 飛行機の墜落でお前だってかなりの数を失ったんだ! つぎは俺がやる! だから、」

「磯野くんはやっちゃだめだよ。磯野くんの確率は、三パーセント……だから」

「……三パーセント?」


 絶望的な数字が、俺の頭に叩きつけられる。


 あまりにも残酷な状況に、俺の意識が、すべてを、手放しかける。


 ダメだ。


 俺の耳は、すべての音から遠ざかっていく。


 ……ダメだよ。

 

 俺の頭は、これからやらなきゃいけないことへの思考が止まらなくて、


 ――意識を……保ってくれ。


 答えを、心に刻み込んでしまう。



 ――愛する人の死を、もう一度、見届けないといけないことを、


 こうしているあいだも、何も起こらない。


 榛名は悟ったように、俺にうなずいて、もう一度、右手を持ち上げる。


「……やめてくれ」


 首を振る俺に、榛名は微笑んで、言った。

 こめかみに、きちんと、銃口が当たったことを、彼女は確認する。


「ちゃんと……みんなを信じなきゃ、ね」

「……榛名、俺が、……なんとかするから」

「出来なことは、言っちゃダメだよ。それに、」


 榛名は、微笑んだまま、


「わたしだって、この世界の、主人公、なんだぜ」


 飛び散る血とともに、

 世界が、


「うああああああああああああああ」


 ――歪む。




 何度も、何度も、銃声が響き、

 そのたびに、歪み、歪んで、


 ――世界は、移り変わっていく。


 視界が、ぼやけて、なにもかもわからなくて。

 彼女の顔のシルエットしか見えなくて。


「…………神様」


 なにもできない俺が……もう、なにがなんだかわからなく……なって。

 それでも、


 眼鏡を投げ捨て、右腕で涙をぬぐう。

 焦点しょうてんがわずかに定まり、遠くにあった左耳のノイズが世界に戻ってくる。


 力なく微笑む榛名を視界にとらえた俺は、

 彼女のかすれた「大丈夫」、を聞いた。


 俺はうなずき、彼女を抱きしめた。


「……お願いだ。このままじゃあ、榛名が……死んじまう……。ZOE……だれでもいい……」


 ノイズは、途切れない。


「返事をしてくれえええええええ…………!!」



 どれくらいのが過ぎたのだろう。

 世界はなにも変わらず、彼女の死だけが積み重ねられる。

 認識しようとする意識が、すべてを手放して、彼女を見ることすら出来ずに――


 音が、響いた。


 俺は、音のほうへ目をやる。


 その音は、俺たちを取り囲むようにそこかしこから聞こえてくる。

 複数の草木のこすれる音と気配が、俺に悟らせる。

 俺たちはいつの間にか、アサルトライフルをかまえた無数の人影ひとかげに囲まれていた。


「……え?」


 一〇人はいる。いや、もっとだ。数えきれない数の人影が、俺たちの周囲を取り囲んでいた。


 なぜ、気づかなかった?

 これだけの数なら、草を踏む音や気配でわかるはずなのに。


 気づけなかったんじゃない。


 ――世界の収束の結果だ。


 榛名が幾度も命を落として得た世界線。

 それは、敵に囲まれている状況を作り出した。


 そうか。彼女がここまでして、命を落としても、


 ――三七パーセントの世界を、引けなかった……のか。

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