18-10 けれど、わたしを支えてくれたから

 外に出た俺たちは、天の川の流れる夜空を見上げた。


「松田さんの、」


 と、俺は口にして、榛名がおじいさんの安否あんぴを気にしていたことを思い出す。けれど、


「……松田さんの家の部屋で、天の川を作ってたよな」


 榛名は、うんと、小さく返事をして、


「あのときは、海岸で助けられたとき、わたしは一人で。わたしのよりどころは、いまこうしていっしょにいられるようにって、そう願ってした約束だけだったから。だからその約束を、わたしがわたしでいられるものを、いつもたしかめておきたくて。八月七日をいっしょに乗り越えられなくても、あの日の約束が実現出来たら見られるだろう星空を、夜になればたしかめられるようにしたくて」


 つないでいた手が、わずかに強くなる。


「あの部屋の星空は、ニセモノだけど、けれど、わたしを支えてくれたから、だから、ね、あの部屋も、わたしにとって大切な場所で記憶なんだ。だからね、


 ――この世界も、わたしにとって大切な場所で、大切な記憶、なんだと思う」


 大切な場所と……記憶、か。


 ここへたどり着くまで思考から追い出してしまっていた、この世界を救う、ということ。


 その方法は、いまもわからない。


 俺なんか、思いつくわけもない。けれど、ふと、ある言葉を思い出す。


 ――一人の力を十分に出すってさ、人に相談してさ、いろいろ言葉に出してみて気づいて、はじめて前に進めるって、そのための力なんじゃないかな。みんながいるから答えを見つけられんだと、そう思ったんだよ。


 ――みんなにね、ゆだねちゃうの。能力とかそんなんじゃなくて、自分なりに頭使って考えて、それをみんなといっしょにしていれば、それはちゃんと、みんなの役に立てているんだと思うんだよ。


 俺を送り出すときに言ってくれた、千代田怜の言葉。


 もしかしたら、この言葉が答えなのかもしれない。

 ZOEとライナスとハル、そしていま、となりに霧島榛名がいる。いまはわからなくても、みんなに委ねて、みんなで考えれば、この世界を救う方法を見つけだせるのかもしれない。


 希望的観測にすらならない甘い言葉、なのかもしれない。けれど、こうして出会って、もがいて、ここまできたんだ。ここまでこれたんだから、


 これからだって。


 星空を、天の川を、もう一度見上げる。

 この世界の天の川。それは、俺のいた世界のそれと同じで、とてもきれいで。


「欲しい未来に、この世界が入っていても、いいのかもしれないな」


 榛名は、俺を見て、何も言わずに星空を見上げた。




 とおくで星のように発している複数の光の点が、すこしずつ大きくなっていく。けれど、あの光は、ヘリコプターというより、飛行機のもののようだった。


「ライナス博士たちを乗せたセスナ機です」


 左耳のイヤフォンから、ZOEが答えた。


 すこしのあと、滑走路へ飛行機が降りてきた。


 飛行機が完全に止まると、管制塔がライトアップされ飛行機が照らし出された。


 コックピットの横にある縦型のドアが開き、ライナスが階段を降りてきた。


「ライナス!」

「イソノさん、無事でなによりだった。そちらが、キリシマ・ハルナさん?」

「ええ、はじめまして」

「お会いできて光栄です。私はアンドリュー・ライナス。こちらをお持ちしました」


 そう言って榛名に手渡したのは、彼女の杖とキャスケット帽だった。


「ありがとうございます」


 榛名は受け取ったキャスケット帽を被った。


 いままで俺がみかけて、追い求めてきた霧島榛名の姿。

 そんな彼女を見て、なんだかホッとした。


「あの、ハルは?」

「イソノさん、いま降りてくるが、ハルもきみの無事を心配していてね」

「無事だったんですね!」

「あのあと、CIAに回収されはしたが、無事引き渡された」


 そう言ってふり返った、ライナスのさきのセスナ機のタラップに、ヘリのときとは別のスーツの男とハルが、車椅子の少女を支えながら降りてくるのが見えた。


 この世界の霧島千葉。


 俺は榛名に振り返る。


 彼女はまだ、目線の先にいる車椅子の少女が、霧島千葉であることに気づいてはいないようだった。けれど、タラップから降り、ハルに押された千葉が、俺たちの前までたどり着くあいだに、彼女は、


「……え、」

「磯野さん、姉を助けてくださりありがとうございます」


 そう言った千葉は、榛名へと向きなおり、


「はじめまして、わたしは、この世界の霧島千葉です」


 榛名を見つめ、


「榛名さんが無事でよかった」


 そう、しずかに言った。


 榛名はそれには答えずに、うつむいて、彼女のまえに二歩進んだ。そして、


「……ごめんね」


 そうつぶやいた。


「……ごめん。ごめんなさい」


 榛名は、その場で崩れ落ちて、車椅子の少女を抱きしめる。


 ――だから、七月一三日の夜に、こんな世界無くなっちゃえばいいって、そう、祈ったんだ。


 榛名の悔んでいた、望んでしまった、ちがう世界。

 この世界もまた、その望みに当てはまってしまう。

 車椅子姿の霧島千葉の世界も、また。


「……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい」


 だから、榛名は、泣き崩れ、謝りつづけてしまう。

 この子のなかで、いままでずっと悔やみ、誰にも言えず背負いつづけてしまったその気持ちを、目の前の、大切な人に伝えるために。


 千葉は、わずかのあいだ戸惑う。

 けれど、姉の帽子を取り、彼女の頭を撫でて、


「……ううん、お姉ちゃん、生きていてくれて、ありがとう」


 そう、そっと告げた。


 榛名は、一度、妹の涙にくれる笑顔をみたあと、ふたたびその胸に顔をうずめて、泣いた。




18.ニセモノ END

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