17-09 あのグラフのようになるんだよ

 三度の乗り換えを経て、おそらくまだ千葉県内にいるのだろう、ショッピングモールの屋外駐車場ちゅうしゃじょうへと入った。俺たちの車は、駐車スペースの一つに停車ていしゃし、エンジンを止めた。


 俺たちはしばらく待ってみたものの、その後、乗り換え用の車が回されてくることがなかったため、この場で待機していろ、ということだろうと受け止めた。


 G-SHOCKジーショックを見ると、八月一七日、一六時五四分。


 一時間まえに新東京駅にいたのが信じられない。

 ショッピングモールの駐車場、しかも、車内という静かな空間に身を置いていることに現実離れしたような感覚に襲われた。


 霧島榛名を連れ出せたこともあって、俺のなかで緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。となりに榛名がいることを気にしながらも、ほうけてしまったかのように思考が停止してしまった。


 これもまた収束に身をさらしてしまった結果なのだろう。

 なまりがのしかかってくるような重々しい波が、俺の身体をふたたび襲ったのだ。俺は疲労ひろうに飲みこまれ、意識が遠のいていく。薄っすらととした感覚のなか、彼女がしだいに俺の左肩に身を寄せていくのが、つないでいた左手の感触となって伝わってくるのがわかった。




 俺は、部室にいた。


 外は雨らしい。ぽつぽつと雨が窓を叩く音が空間に響く。

 暗くなってしまった部室は、蛍光灯けいこうとうで照らしだされ、そのなかに、見慣れた、まるで一年以上も離れてしまったかのような懐かしい面子が、テーブルを囲んでいた。


 柳井やないさん、竹内たけうち千尋ちひろ、ちばちゃんと青葉あおば綾乃あやの三馬みまさん、そして、千代田ちよだれい


 みんな、なぜか暗い顔をしてうつむいている。

 そんななか、柳井さんは、ホワイトボードに、24件と書き込み、ペンでその数字を指した。


「この二四という数は、ここ数日に世界中で起こった、突然姿が消えるいわゆる神隠かみかくしのような事件じけんと、誰もいないところから突然人が現れたという、どちらも超常現象じみた事件の件数だ」


 柳井さんは一度言葉を切り、一度ちばちゃんと青葉綾乃のほうを見て、一呼吸置いてから、ふたたび口をひらいた。


「あと特殊なものに、これは記事の画像にはすでに規制きせいがかけられているが、インドでの、建造物けんぞうぶつのコンクリートのはしらに突然発生した人間の事件。これは一人の現地の男が体がめり込んだ状態となり、内臓ないぞうもやられたのだろう、そのまま死に至ったというものだ。ところがだ、この男と容姿も名前も同じ男性が、もう一人近くに住んでいたらしい。いわゆるドッペルゲンガーだ。この異常いじょう事態は、ちばちゃんのお姉さん、霧島榛名さんと磯野が消えてからの影響ではないかと思う。どうだ、三馬」


「関係はあるだろう。磯野君のドッペルゲンガー、あれは、重なり合う世界の数が密接みっせつになり過ぎたことによって起こった、別の世界線せかいせんからの磯野君の発現はつげんだ。その人物のある位置に存在する確率かくりつが、実在じつざい出来る数字にまで達してしまった結果、この世界とはべつの磯野君も同居どうきょ出来てしまう、というのがあの現象の仕組しくみとなっている。しかし、あのときの、八月中旬から発生したドッペルゲンガー現象は短時間で終わったが、今回のはちがう」


 三馬さんは、ソファから立ち上がり、ペンを受け取って、ホワイトボードに二つの円を書き込んだ。


「今回の異常現象は、ドッペルゲンガーのように同一どういつ人物じんぶつに対して起こるものではない。同じ人物に対して起こるということは、重なり合う世界は、ほぼ同じとみていい並行世界であることが前提となる。互いの世界が入れ替わっても、建造物のように同じ位置に同一の物体があるのだから、世界の入れ替わりには気づきにくい。ドッペルゲンガーのように超常現象化するのは、磯野君で例えるならば、彼のいる場所や行動の違い、それくらいのものだった」


 ところがだ、と三馬さんは続ける。


「今回の、突然人が現れたり消えたりするのは、入れ替わる互いの世界に、決定的な差異さいがあるということだ。例えるなら、映画研究会がオカルト研究会になったり、同じ札幌ドームも、二つの世界を比較するなら、位置がずれているのかもしれない。つまり、今回は、異なる世界同士どうしが互いに干渉かんしょうしてしまうくらいに、近い距離に存在してしまったことで引き起こされる現象、と考えると辻褄つじつまが合う」

「俺たちの世界と、オカ研世界が干渉し合っているってことか?」

「正確にはわからん。だが、いままでの磯野君が関与してきた世界はオカルト研究会の世界なのだから、なにかしらの影響はあるというのが自然ではあるがね」


 ただし、と三馬さんは発したあと、少し考え込み、


「いままでの想定からすれば、この映画研究会のある現実世界と、オカルト研究会のあるもう一つの世界の距離は、むしろ離れていってしまっている、と考えていたのだが」

「じゃあ、このままいくとどうなるんだ?」


 柳井さんの問いに、三馬さんは二つの円を描いては近づけていきを繰り返し、最終的に二つの円を同じ場所に書いて重ねた。


「こういうことだ。二つの世界が重なって融合ゆうごうしてしまう」

「……融合?」

「宇宙と言ったほうが良いか。二つの宇宙が融合し、情報量が二倍にふくれ上がってしまう。その結果、どうなるかは私にもわからない。ただ予想できるのは、情報には質量がともなう。質量が宇宙規模で二倍に増加するなんてことが起これば、重力場に相当そうとうゆがみが発生するはずだ。つまり、宇宙規模のブラックホールが発生する可能性がある」

「……ブラックホール」

「あの、一つの宇宙すべてが質量により重力に落ち込んでいくんなら、僕たちはブラックホールに落ちたことには気づかないんじゃないですか?」

「竹内君、いいことを言うね。私たちは気づかないが、重力の歪みによって時間の矢が指数しすう関数かんすう的にれていく、あのグラフのようになるんだよ」


 三馬さんは前にも書いた右へ向かう線が、次第に上へと逸れていく曲線へと変化させて引いた。


 柳井さんは、ハッとして三馬さんを見た。


「色の薄い世界へとむかってしまう。つまり、世界の変質化へんしつか……世界の死か」

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