17-08 いまは、その名前だけわかれば大丈夫
俺たちは、
はたから見れば
痛みを生むことの無い
布の波を掻き分け、左手の先にいる榛名を見る。
「怪我は無いか?」
声にしたあとに、走行中の
さっきまで俺たちがいた高架、そして、新東京駅が離れていく。
そうだ、ハルは、
「ZOE! ハルは無事なのか?」
「HAL03は無力化され、実行部隊に
……回収。
左耳のイヤフォンからZOEの声が直に響く。
「現在、ライナス博士が作戦本部長に掛け合い、HAL03の引き渡しについて交渉中です」
そこまで聞いて、やっと肩の力が抜けた。
さすがに一安心というわけではない。
それでも、ハルが警視庁の手に渡る可能性は消えた。そのうえ、ライナスによって引き渡しの交渉が出来るというのだ。あの地獄に置き去りにしてしまったことから比べれば、はるかにマシだ。
「無事、引き渡されるんだろうな」
「CIA作戦副部長のウォルター・ナッシュ氏は反対するでしょうが、作戦本部長ロバート・ウェッブ氏とライナス博士は、
そこまで言ったZOEは、現在、それよりも緊急度の高い事態が進行中です、と付け加えた。
「警視庁が現在、お二人を乗せたその
「……それって、
「現在、お二人がいる貨物自動車のIDから、位置情報がリアルタイムで警視庁側に送られております。その情報に
「わかった。降りるタイミングを指示してくれ」
「三分後に、貨物自動車は、信号の前で走行を停止します。その三〇秒のあいだに、荷台から降りてください。一分後に乗用車が到着しますので、それに乗ってください」
「そのあとは?」
「状況に応じて、数度乗り換えが必要になる可能性があります。その際、通信を一度とめる必要があるため、判断に注意してください」
「通信を止める?」
「NSAにより、この会話が
ZOEは
いまさらな感じだ。
実行部隊の動きだって、ZOEによるいままでの行動だって、お互いに
「てことは、ZOEからの通信は無いが、サポートはつづくわけだな?」
「はい。車両の乗り換えの際、ID変更をリアルタイムで行うことで、警視庁、CIAおよびNSAの追跡を
「逃げなきゃいけないことはわかっているが、そんなことをして、CIA側との関係はどうなるんだ?」
「千葉県内にゴーディアン・ノットのハッキング・キャンプがあります。そこを経由して、私たちの正体を
「ハッキング・キャンプ?」
「ハッカー
ZOEにも防ぎ切れない
というか、そもそも追跡をまくのにゴーディアン・ノットのせいにするっていうのも笑える話ではない。人の生き死にがかかっているとはいえ、なんとも乱暴な話だ。
「それでは磯野さん、幸運を」
ZOEとの通信が切れた。
幸運を、か。
AIが使うような言葉ではないな、と思いつつも、その言葉を発するZOEの言い方に、わずかにやさしさが感じられた気がした。ライナスが言っていたとおり、ハルとのつながりのなかで、人との関わり方を学んでいるのだろうか。
三分後、ZOEの言うとおり、トラックは赤信号によって停車した。
そのタイミングに合わせて、榛名を連れてトラックを降りた。一分後に回されてきたメタリックブルーの乗用車に俺たちは乗り込む。
「あの電話の人、ゾーイって言うの?」
「ああ。なんて説明すればいいか――」
「ううん。いまは、その名前だけわかれば大丈夫」
あの人は、命の恩人だから、と、榛名はつけ加えた。
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