16-08 俺たちのことを知っているんですか
さすがに目当ての階まで上りきるころには、
なんとも情けない。
ハルを見ると呼吸の乱れすらなかった。
ハルは、廊下の左右を注意深く確認して、進行方向へと歩き出した。俺は、後方を警戒しながら後を追った。
「ここです。用心してください」
ハルは五〇五号室と書かれたドアのまえで立ち止まり、俺にささやいた。
中から物音は聴こえない。
ハルは片手で銃を構えたままドアノブを捻った。
ガチャリと音がして、そのままギィとドアがひらいた。
中は思ったよりも暗かった。
奥にある
ハルは拳銃を両手に持ち替えて、土足のまま居間へと進んだ。そのうしろを、俺もまた銃を構えながらつづく。途中、左右にある部屋のふすまを開けて誰もいないことを確認した。
俺が居間のカーテンを開けようとすると、ハルはそれを静止し、居間の電気をつけた。
「外から気づかれるかもしれませんこのままで」
部屋は質素なものだった。
家具や食器や小物などが置かれていることから、人が暮らしていた痕跡がたしかにあった。この空間は、生活の、そういう空気がある。
「ここに暮らしているのは、老人?」
口に出た言葉にハルが振り返った。
「え、磯野さん、わかるんですか?」
「俺のじいちゃんの部屋とおなじにおいがする」
ハルは不思議そうにしながらも、感心したように首をかしげた。
「驚いた。本当にあの子にそっくりだ」
俺とハルが振り返ると、
容姿は七十代後半の、コンビニ袋を下げ、もう片方の手には杖をついた、人のよさそうなおばあさんだった。特にハルを見て、動揺しているようにみえる。
「あの子って、霧島榛名のことですか?」
おばあさんはうなずいた。
「あの子はここにはもういない。あんた方が何者かは知らないが」
「いま、本当にって言いましたよね? てことは、俺たちのことを知っているんですか?」
おばあさんはそれには答えず、ただ警戒しながら俺たち二人をにらみつけている。
「あの、俺たちは彼女を、霧島榛名を保護するためにここに来たんです」
「保護?」
ハルは、左耳に手を添えた。
なにかに聴き入るようにうつむいた。
「ZOEが、ご
「ご夫妻? ってことは、
「行かせるもんか。あんたらあの子を捕まえて悪いことをするんだろう?」
「待ってください。俺たちは――」
おばあさんは、杖を持ちかえて、俺たちに向けて身構えた。
まずい。ZOEに
「たったいま、榛名とご主人は危険に晒されているんです!」
「おばあちゃん、わたしたちのことを信じてください」
「
俺たちをにらみつけながら言うおばあさんの杖は
俺たち二人を前にして勝てる見込みなど
この人はおなじなんだ。俺とおなじように霧島榛名を大切に思い、守ろうとしている。けれど誤解が、俺たちとのあいだにこんな無意味な状況を作り出してしまっている。
なに
おばあさんのためにも、一刻も早く霧島榛名を保護しなければ、ここにいる全員が望まない結末を迎えてしまうじゃないか!
俺は腰から拳銃を引き抜き、おばあさんへと向けた。
「磯野さん!」
目の前の相手は、目を見開いて俺を見た。
「おばあさん、すまない。俺たちとあなたの望んでいることはいっしょなんだ。霧島榛名を守る。ただそれだけだ。けれど、誤解が解けないのなら――」
さっさとこの場から出て、霧島榛名のあとを追うんだ。だから、早く、
「……あんた、磯野って言うのかい?」
「え?」
俺とハルは、顔を見合わせた。
「榛ちゃんは、あんたを助けるためにここを出ていったんだよ!」
「それは、どういうことです? いや、そのまえに彼女はどこに向かったんですか?」
うろたえるおばあさんは、声を震わせながら、
「……あんたが、あんたがいるっていう北海道を目指して、新東京駅にいまじいさんが送って、」
「おばあさん、落ち着いて!」
「磯野さん、たしかに乗用車の進路は新東京駅に向いています。いまCIAの作戦チームが動き出しました。それに合わせてローラー作戦中の日本警察も、新東京駅へ増員を指示しました」
「ってことは、ゴーディアン・ノット……KGBも」
ハルはうなずいた。
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