16-06 わたしも霧島榛名の説得に協力します

「なんだって!?」


 この世界に降り立った八月七日のあの夜、プラットホームに霧島榛名がいたっていうのか。そこで捕まえられていれば、いままで起こらなくても良かったことをけることが出来ただろうに。


「わたしは当初、プラットホームで霧島榛名さんに接触しましたが、榛名さんのクローンである同じ容姿のわたしに、彼女は混乱してしまいました」


 ああ、そうか。

 榛名にしてみれば、ドッペルゲンガーに遭遇したようなものだ。俺と同じようにドッペルゲンガーによる収束しゅうそくを現実世界で体験していたにしても、うろたえないはずなないだろう。理解よりも先に恐怖と混乱に襲われてしまうのは当然のことだ。


「とはいえ、状況が許さなかった。当時、日本政府の厳重げんじゅう警戒けいかいのなか、彼らの目をいくぐり、極秘裏ごくひりに彼女に接触せっしょくするには、これしか方法がなかった。CIAの投入は、事態が露見した際、日米両国間の国際問題を引き起こす恐れがあったからだ」


 渋い顔をしながらライナスが言う。


「彼女は混乱の結果、イソノさんが乗車した一つの前の車両――チューブリニアに飛び乗り、HAL03もまたあとを追った」

「チューブリニア?」

真空しんくうチューブ鉄道てつどうのことだ。チューブリニア・ライン新札幌駅から新東京駅に至るまでのあいだに、ZOEは彼女の信頼を得た。ZOEはハルナさんを誘導し、アメリカ大使館たいしかんへと向かわせようとした。しかし、日本警察によって、大使館へ至る道路に検問けんもんが敷かれ、急遽きゅうきょ、横須賀米軍基地への目的地変更を余儀よぎなくされた」

「……横須賀米軍基地ってことは、榛名はいま、ここにいるんですか?」

「いや、神奈川県かながわけんへ向かう途中、川崎市かわさきし手前てまえ消息しょうそくった」

「消息を絶った?」

「きみと同様、ハルナさんもまたゴーディアン・ノットによる襲撃を受けた。最終的にZOEのコントロールしていた乗用車は大破たいはしていた。ところがその後車両を調べてみても、ハルナさんの行方ゆくえを知る手掛かりは得られなかった」

「ちょっとまってください。八月七日からならもう一週間以上経過してますよね? そのあいだ、榛名は行方不明なんですか?」

「そういうことだ。本日から警視庁けいしちょうによるキリシマ・ハルナさん捜索のための大規模なローラー作戦が開始されたが、CIAも含め、彼らは有力な手がかりは得られていない。おそらくいま現在、都市のいたるところにある監視かんしカメラの視界から彼女は避けているのだろう。とても勘の良い、聡明そうめいな女性だ。行方不明ゆくえふめい当初、どこかで海に投げ出されたのではと我々はみている」

「海?」

「三日前、川崎市の海岸に、キリシマ・ハルナさんのつえが流れ着いているのが見つかった」

「……え? それって、」

「残念ながら、イソノさんのものとはべつに、地球規模の重力波じゅうりょくはの発生をすでに三度確認している。しかも短い時間に連続してだ。その原因は海に投げ出されたことによるものだろう。ただし、その三度目の生存世界への収束以降、ハルナさんはどこかで無事に生きている、ということだ」


 三度の生存世界への収束。

 榛名が体験したことを想像して吐き気がした。


 いま現在、榛名は生きている。

 それは救いにほかならない。だが、溺れ死ぬ苦しみを、榛名は三度も味わっていたってことだ。一瞬で死を迎えられる方法である頭を撃ち抜くのとはわけがちがう。とても苦しい思いをしたのだろう。


「そして二日前、ZOEが城南島じょうなんじま海浜公園かいひんこうえん付近ふきん稼働かどうしているドローンの内蔵ないぞう記録きろくの一つに、キリシマ・ハルナさんらしき人影が映っているのを発見した」

「城南島海浜公園?」

「公園は、東京都大田区おたくにあり東京わんに面している。ZOEは、その周辺にキリシマ・ハルナさんが潜伏せんぷくしていると見ている。その映像は発見後すぐにZOEが偽装したため、日本政府、ゴーディアン・ノットにも露見してはいない。しかし、HAL03を向かわせたところで、ハルナさんは、HAL03を警戒し接触を避けるかもしれない。だからこそイソノさん、きみが直接接触して彼女を説得してほしい。もし、それでも説得が難しいようなら、通信端末たんまつを通じてにはなるが――」

「わたしも霧島榛名の説得に協力します。磯野さん、姉を、よろしくお願いします」


 車椅子の少女は、そう言って頭を下げた。

 俺は、彼女にうなずいた。


 彼女へのあまりの懐かしさからか、その他人行儀ぎょうぎ仕草しぐさ面食めんくらってしまう。


 映研世界、オカ研世界同様、この世界でも霧島千葉から榛名のことをたくされた。その二つの光景と重なりながらも、俺はいま、立ち向かうべき目的に対して、以前のような彼女を救い出せる確信が無いことに気づいた。


 あまりにも強大な敵を相手に、やつらの追跡をくぐり抜けながら彼女を救い出さなければならい。その事実を受け止めるからこその恐れなのだろう。


 ――けれども、なんとかして救い出さねば。

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