15-08 それは無限の力では無い

 まるで三馬さんを目の前にしているかのようだ。

 すべて理解出来ないとはいえ、いままで俺が体験たいけんしてきたこととその結果を、この人はなぞっている。けれど、


「まってくれ。わかりやすく説明してくれているんでしょうが、俺には理解が追いつかない。朝倉あさくら先生は、俺と榛名がこの世界の「創造者そうぞうしゃ」と言っていました。八月三一日にとった俺たちのあの「行動」は、それに関係があるんですか?」

「「創造者」か。ドクター・アサクラはすこしロマンチストに過ぎるな。だが、間違ってはいない。きみたちの起こした並行世界のインフレーションは、この世界を生み出しただけに止まらない。現在のきみとハルナさんは、この世界における、まさに神のような存在だ。きみたちの物理ぶつり的・心理しんり状況じょうきょうがこの世界に影響えいきょうを与えつづけている。一方、きみたちが世界に影響を与えるのと同じように、世界もまたきみたちに影響を与えている」


 朝倉先生たちが言っていたことと同じだ。

 だけど、この世界への影響って、いったいどういうものなんだ?


「ひとつ例を挙げるならば、きみたち二人がこれまでにこの世界で命を失ったとしても、生きている世界へと収束したはずだ。これが世界がきみたち二人に与える影響のひとつだ。二人がこの世界にいる限り、「生存世界への収束の力」もまた、きみたちに作用さようしつづける」


 生存世界への収束。

 ドッペルゲンガーのときに起こったのと同じ、べつの並行世界への収束。

 たしかにあの作用のおかげで、俺と榛名はあの脱出から生き延びられたんだ。けど、なぜそんなことが起こる?


「ドクター・アサクラの言葉を借りれば、きみたちはまさに創造者――神の力を持っていると言えよう。この世界が、きみたち二人を生かすこと、すなわち、きみたちの可能性を担保たんぽさせつづけているのは、このさき未来における無数の可能性のなかから、きみたちがその一つを選択していく行為こうい、きみたちの選ぶであろうを、この世界が望んでいるからにほかならない」


 鷲鼻の男はそこで言葉を切ったのち「しかし、それは無限の力では無い」とつけ加えた。


「この世界におけるイソノさんとハルナさんの死には、当然リスクをともなう。このリスクには二つの意味がある。一つ目は、きみたち二人の死がこの世界に影響を与えるだろう。その影響は、直接ちょくせつ的に世界を不安定ふあんてい化させる恐れがある。二つ目のリスクは、きみたちが生存世界へ収束される回数は有限ゆうげんである、ということだ」


 生存世界へ収束される回数が……有限?


「もしなにかしらの死がきみを襲ったとして、イソノさんが生きている世界に収束出来るのは、生きている並行世界が、死んでいる並行世界の数を上回っている場合においてのみだ」

「死んでいる世界の数を上回っている場合?」

確率かくりつだよ。きみがこの世界に降り立った際、無限に近いイソノさんとその並行世界、つまり存在可能性もまたこの世界にあらわれた。しかし、無限に近いだけであって、実際じっさいに存在する並行世界の総数そうすうは有限だ。たとえば、この世界に降り立った並行世界の総数を一〇〇としよう。最初はイソノさんの生きている並行世界のみだが、イソノさんの死ぬ回数が増えれば増えるほど、イソノさんが死んだ並行世界もまた増えていく。つまり、この世界におけるイソノさんの生存可能性が減っていくことになる。もしこのまま死につづけて、イソノさんの死んでいる並行世界が五〇、つまり総数の五〇パーセントを超えてしまったら、きみはすぐさま死んだ世界へと収束されてしまうだろう」


 五〇パーセントを超える? 


 ……いや、理屈りくつは解る。

 ドッペルゲンガーのときと同じで、無数にある並行世界のうち、いちばん可能性の高い選択肢を取った世界線に、俺は収束されるんだ。そのスイッチが、いま現在ここにいる世界線での死を迎えたときに起こる。そして、死んだ世界線の数が、生きている世界線の数を超えてしまったら、生存世界への収束は起こらない。


 けどそれって、有限ってことは、


 ――死んでもいい回数にも限りがあるってことだよな?


 いままで俺は、何回死んだ?

 八月七日に二回、そして、あの研究所で二回……だから、


「――四回。八月七日からいままで俺は四回死んでいます。俺が死んでも大丈夫な回数は、あと何回残されているんですか?」

「すまない。それは我われにもわからない」

「わからない?」

「有限とはいえ、並行世界の数は膨大だ。その無数の世界をすべて観測かんそくすることは当然不可能だ。もし観測出来たとしても、そこから派生はせいされる世界の動きがあまりに複雑ふくざつ過ぎて、多体たたい問題もんだい、いわゆるカオス化により予測が不可能ふかのうになってしまう」


 鷲鼻の男はつづける。


「もっとも懸念けねんすべきは、きみの知らないあいだにほかの並行世界のイソノさんの死が確定かくていし、いまきみが生きているこの世界へと収束している可能性だ。イソノさんが死に至る並行世界が、リアルタイムに増えつづけている可能性があるということだ」


 俺の死んでいる並行世界が、リアルタイムで増えつづけている?


 いま現在も俺が死ぬ可能性がどんどん増えてるってことかよ。そんなの、無敵でもなんでもないじゃないか。いやいままでだって、死んだら生きている世界に飛ぶなんて都合つごうのいい状況を鵜呑うのみにしちゃいけなかったはずなんだ。


 だけど、これまでの追い詰められた状況を考えろ。死による収束でしか危機を乗り越えられなかった。仕方なかったんだ。


 ……本当にそうか? 八月七日の駅の倉庫そうこ室で最初から拳銃けんじゅうを受け取っていれば、使い方を把握しておけば、二回の死を経験せずに済んだんじゃないのか? あの研究所からの脱出でも、もっとなにか方法を考えられていれば……


 そうか! だから彼女は――


 俺は榛名の顔を見た。

 目のあった彼女は、俺がいま考えていることをさっしたのか、わずかに顔を歪ませた。


 ――彼女はこのことを知っていたから、犠牲ぎせいを払ってまで、俺の死を阻止そししようとしたのか。


 彼女が死ななければならないと言ったのは、俺が安易あんいに死を利用りようすることを避けるためだ。俺が、彼女を救うために命を使うことを恐れて。


 だけど、もし俺が死を使った収束回数に限度げんどがあることを知っていたとして、彼女を見殺みごろしにしたか?


 いやしなかったはずだ。絶対に。

 俺の判断はんだんは間違ってなどない。


「もう一度言う。我われは、二つ世界からの情報の流入を止めたい。きみとハルナさんが、この世界で死へと収束するまえに。そのためにも、二人にやってほしいことがある」


 鷲鼻の男はそこまで言うと一度言葉を切り、まっすぐに俺を見すえてから口をひらいた。


「この世界を、消滅しょうめつさせてほしい」

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