15-06 いいんだ、大丈夫
どうやら意識を失っていたらしい。
あの部屋に戻ってきてしまったのだろうか。いや、あの空間とはちがう、
助かったのか? いや、
「――榛名は?」
彼女は、無事なのだろうか。まずは身体を動かさなければ。
起き上がろうとすると、右肩に激痛が走った。
「――――ッ!」
ああ、そうだ。
撃たれたんだった。
なるべく首だけを動かすようにして、俺はあたりを見た。
カーテンが閉じられている。空間自体は
ベッドの横に座る、一人のシルエットに気づいた。
そのシルエットは、俺の右手を両手で包み込んでいた。いいにおいがする。指を動かしたことで、彼女の眠りをさまたげてしまったのか、うつむいていた顔が俺のほうへと向かれた。
「お目覚めになりましたか?」
「……榛名」
よかった。
彼女は一度俺の手を離して立ち上がり、カーテンをあけた。
差し込む陽の光に、白いブラウスと黒のスーツパンツが晒される。彼女のふくよかな胸から腰にかけてのしなやかなラインに、俺の頭は真っ白になってしまった。
彼女は、ベッドの横に腰をおろした。
「……えっと、ここは?」
「私たちの
「……セーフハウス」
「ここはもう安全です。お気分はいかがですか?」
そう言って、ふたたび俺の手を、彼女の両手で包みこんだ。
まっすぐ見つめてくる彼女の透きとおった
「……ああ。平気だ」
まるで恋人のように絡めてくる彼女の
惚れた相手と同じ容姿なんだ。
見つめてくる彼女と目を合わせてしまったら、残りわずかの俺の
なんとか
「――両手?」
「…………」
口に出してしまってから後悔が湧いた。
あの白い部屋での、彼女のことを思い出す。彼女は、自分自身が作られた存在であることを隠したがっていたのに、俺は、
彼女は、目を
直してもらった。その言葉が、やはり彼女が人間でないことを自覚させる。俺にそう思われてしまうことを、彼女は恐れたにちがいない。けれど、俺の問いへの答えにそう告げるしかなかったのだろう。彼女の口からその言葉を言わせてしまったことを悔いたが、もう遅い。
俺のこころの動きに彼女が気づいたかどうかはわからない。が、彼女は、絡めていた指をほんのすこしだけ握って、笑顔になって、俺に言った。
「磯野さん、助けてくださり、ありがとうございます。本当は、あの場所で……私、」
そこまで言うと、笑顔を崩して彼女はうつむいた。
「……なきゃ、いけなかったのに」
ぽた、ぽたと、シーツにしずくが、落ちた。
「榛名……」
――死ななきゃいけなかったのに。
彼女は、そう言ったのだ。
意識が
俺は、体を起こしながら左手をのばした。
右肩に痛みが走ったが、ゆっくりであれば耐えられないほどではない。彼女のうつむいたままの頭を、俺の胸へと抱きよせた。
あの駐車場で俺にしてくれていたであろうことを、今度は、俺が。
二人とも生きて、あの場所から逃げることができたんだ。
いまはそれだけで十分だ。
それに、
こちらこそ、
生きていてくれて、
「――ありがとう」
彼女は、一瞬、身体をこわばらせ、そして、肩を震わせた。
出会ってからずっと、張り詰めたようななにかが彼女にはあった。
それがいま、フッとほどけたような気がした。そして、
彼女は泣いた。
死んでも収束で生きかえるはずの俺をかばい、彼女は身代わりになろうとしていた。なぜだかわからない。けれど、彼女は死に急いでいた。そんな彼女を、俺は無理やり生かしつづけて、この場所まで連れてきてしまったんだ。
けどそれは、俺が望んだことだ。
「……私、怖くて」
「ああ」
「死ぬのが怖くて、けど、」
「わかってる」
彼女は、顔を上げて俺に告げようとした。
俺は左腕で彼女の顔を胸に埋めさせる。
「いいんだ、大丈夫」
華奢な体に溜め込んでいたものが、彼女の瞳から落ちていく。
――そうか、彼女は、
俺は、腕のなかにあった彼女の頭をなでた。
こうして、すこしでも、彼女にのしかかるものを除いてあげられればと思う。
彼女は、無敵のヒーローのように敵と渡り合っていた。
――彼女は、一人の、ふつうの、女の子だった。
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