14-07 ばびばとう

 ふと気がつくと、窓から陽が差し込んでるのがわかった。

 夕焼けだろうか。数時間眠っていたらしい。慣れない足取りで館内を歩いた疲れだろう。やはり、体力が落ちているのかもしれない。


 G―SHOCKを確認すると、八月一五日 午前五時二三分を指していた。


 って、八月一五日?

 午後三時から、次の日の朝まで寝入ってしまったのか。


 俺は身を起こして、備えつけの冷蔵庫の扉をあけた。しかし、中にはミネラルウォーターのペットボトルが一つ入っているだけだった。


 この居住区画に食堂があったな。

 七時半にくんだったか。とはいえ、昨日の午後三時からなにも腹に入れていないんだ。それまで待てそうにない。たしか昨日、カロリーメイトみたいな黄色いケースの自販機を見かけたよな。




 カロリーメイトなのかよ……。すげえな大塚製薬おおつかせいやく


 それだけではない。ほかにも現実世界と同じメーカーの商品が自動販売機じどうはんばいきに並んでいた。とりあえず、カロリーメイトのグレープフルーツ味を確保する。購入こうにゅうの方法だが、自販機に備えつけられている生体認証装置せいたいにんしょうそうちが反応することで、購入したものが自動的に精算せいさんされる仕組みらしい。購入できたということは、すでに俺の生体認証が登録とうろくされているということだ。真柄先生曰く、俺の認証で支払ったお金は、研究所が立て替えてくれるらしい。


 カロリーメイトを片手に、レクリエーションルームのベンチへと移動した。


 腰かけたベンチの窓から見える景色に海が見える。

 すでに陽がのぼった青空が見ていて気持ちよかった。


 上着のポケットから スマートフォンを取り出し、電源ボタンを押してみる。しかし、やはり起動することはなかった。そのままスマホをベンチに置いて、カロリーメイトの箱をあける。


 そういえば、飲み物もいっしょに買うべきだったな。

 とはいっても、また自販機まで戻るのも面倒くさい。まあ、子供のころからカロリーメイトを水無しで食べられるという特技とくぎを自然と身につけていたため、このまま食べても問題ないのだが。ちなみにこれが特技だと気づいたのは、中学時代、俺のカロリーメイトを食す光景に、驚いた友達がツッコミを入れてきたからだった。


 ふと、疑問がかすめた。


 八月七日のあの生体認証付きの改札機かいさつきを、俺はなにごとも無く通り過ぎることができた。あれはなんだったんだ? さっきの自販機の生体認証はわかる。ここ一週間のあいだに研究所のほうで登録してくれたのだろうから。しかし、改札機の場合は、この世界に来て直後のことだ。理屈が合わない。


 いつのまにか横に、入院服を着た子供が座っていた。


 子供?


 その子供は、小学生くらいの見た目だったが、髪の毛が無いため性別がハッキリしなかった。それよりもそもそも、なんで子供がここにいるんだ?


 足をぶらぶらさせながら、窓の外の景色を見ていた。

 俺が見ているのに気づいたらしい。ぶらつかせた足はそのままに、俺の顔を見上げ見つめた。……いや、その子が見つめていたのは、正確には俺の手にある食べかけのカロリーメイトだった。


 俺は、食べかけのグレープフルーツ味のブロックを、左右に動かしてみた。子供は俺の手の動きに合わせて左右に目で追う。


「なんだ? これ、食べたいのか?」


 子供はこくりとうなずいた。


 もしここでこの子供に俺の食料の半分をあげたとすると、俺の腹具合はらぐあい的にはとても中途半端ちゅうとはんぱな状態におちいってしまうだろう。とはいえ、自販機に戻るには、それまた面倒だ。しかも、まだ足腰の調子が戻っていないため、億劫おっくうさがふだんより二倍増しだった。


「グレープフルーツ味だぞ」


 子供はまたこくりとうなずいた。


 チッ。こいつはよりによってグレープフルーツ味が好きなのか。……仕方がない。


 俺は観念かんねんして、箱にあるもう一袋を差し出した。


 子供はそれを受け取ると、器用きように袋をあけ、ブロックの一つを取り出してぼりぼりと頬張ほおばりはじめた。


 やけにうまそうに食うなコイツは。


「人からものをもらったら、ちゃんと「ありがとう」って言うんだぞ。って、おまえもカロリーメイト、水無しで食えるのか」


 子供はこくりとうなずきながら、むしゃむしゃと一ブロック目をたいらげた。そしてすぐさま二つ目のブロックを頬張りはじめる。


 柳井さんまでとは言わないまでも、この早食いといい、こいつには妙に親近感しんきんかんが湧いてしまう。にしても、カロリーメイトを水無しで食えるってのは、自分が食うぶんには気にならないものだが、人が食べているのを見ると妙にのどかわいてしまうな。


「なあ、なにか飲み物欲しくないか? ちょっと自販機まで行って買ってやるから、飲みたいものを言ってみろ」


 もぐもぐしながら俺の顔を見上げた子供は、そのままの状態で意思伝達いしでんたつを試みた。


「ぼば、ぼーら」

「口にものを入れたまましゃべるんじゃねえ」


 まあ、なにが欲しいかはわかった。


「ほんじゃここで待ってろ。買ってきてやるから」


 坊主ぼうず頭をなででてやりながら、俺は立ち上がった。二、三歩歩き出したところで、うしろから声が聞こえてきた。


「ばびばとう」




 自販機で、コカ・コーラを二つ買ったあと、さっきのベンチまで戻った。が、そこにはもう誰もいなかった。いや、ベンチに置き忘れていた俺のスマートフォンだけがそこにあった。


「……ったく、二本も飲めねえぞ」

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