14-06 約束していただけるのでしたら、いくらでも協力します

 朝倉博士はうなずいた。


「きみたちを襲ったやからの目的は、それだよ」

「磯野君と霧島榛名さんをき者にしようとした連中れんちゅうの目的は、いわゆるきみたちを殺すことで、人類にこの世界を取り戻すことだ。人類回帰かいきかかげ、世界中の、おもに反政府思想はんせいふしそうをもった学者、知識人、元軍関係者などが参加している」


 真柄先生の説明を聞きながら、俺の頭に、俺を殺そうとした男の顔がよぎった。モノを見るような、殺すことになんの躊躇いもない、あの目。


 背筋が凍りつき、腹の底からいきどおりが湧き上がる。


 なんだよ……なんなんだよその理屈は。

 俺と榛名が死ぬことを、この世界は望んでいるってことなのか?


「けど、もし殺されたとしても、世界の収束が起これば、俺は生き残ってしまうんじゃないんですか?」

「彼らは、きみたち二人が本当に死ぬまで、殺し続けるだろう」


 本当に死ぬまで殺し続ける?

 その言葉に血の気が引いてしまう。つまり、俺は殺され続ければ、いつかは死ぬのか。いや、それ以前に、死ぬまでの収束の繰り返しの、あの苦痛を俺は耐え切れるのか? もし生き返ったとしても、あの苦しみを繰り返されたら、俺の心はこわれてしまうんじゃないか?


「なぜ……なぜ、あなた方は、俺を生かしているんですか?」


 慎重に、ゆっくりと朝倉博士は言う。


「きみたち二人がこの世界で死ぬことを、我われは望まない。それだけはわかってほしい。礒野さんと霧島榛名さんには誰も持ち得ない力がある。その力を、世界を救うために役立てたいんだ。だから、我われに協力してほしい」


 世界を救う?


「朝倉博士の言う世界を救うという言葉の意味は、俺と榛名がこの世界に存在することで、世界を不安定にしてしまうこととはまた別のことなんですか?」


 朝倉博士はうなずいた。


「きみたち二人はこの世界を不安定にはするが、一方で、この世界に必要不可欠な存在だ。そのうえで、近い未来においてこの世界を脅かす危機もまた存在している。その危機を回避するためにきみたちの力が必要なんだ」

「世界を脅かす危機って――」

「それについては、いまは話せない。しかし、それでも我われを信じてほしい」


 なぜ話せないんだ?

 そもそも朝倉博士と真柄先生、二人の言っていることがすべて本当かは俺にはわからない。危機について話してもらえない次点で、信用出来るはずがない。


 けれど、この人たちに協力すれば、俺はともかく、榛名の命を守る側に立ってれる。そうだ、現実の世界に榛名を連れ帰るためにも、まずは彼女を第一に考えなければならない。それなら――


「俺よりも、霧島榛名の無事と安全の確保を最優先してください。約束していただけるのでしたら、いくらでも協力します」


 俺の返答に、朝倉博士は穏やかな口調で言った。


「ああ、約束しよう」




 その後は真柄先生の案内で、研究所を案内してもらった。


 あの白い部屋を幾度いくども歩き回ったとはいえ、俺の足腰はそうとう弱っていたらしい。ベッドから立ち上がる際、真柄先生の肩を借りなくてはならなくなった。少しずつ歩くことで、しだいに脚の動かし方に慣れていった。


 真柄先生によると、この研究所はもともと人工知能じんこうちのう研究のために設立されたものらしい。国家の機密きみつに関わる技術にもからんでくるため、衛星えいせい写真には存在しない人工島に極秘裏ごくひりに建てられたものだそうだ。


 研究所は、いまいる居住区画きょじゅうくかくと研究区画、そのほかにもう一つ区画があった。それぞれの区画は円形の建造物となっており、その三つの円から通路を渡して連絡してあった。機密となっている研究区画は、さすがに入れてもらえなかった。俺がいたのと同じ部屋から食堂、図書館、自販機の場所やレクリエーションルームなど、居住区画にあるものをひと通り見てまわった。途中、白衣を着た研究者らしき人びとや、この研究所の警備員らしき人を見かけた。警備員とすれ違う際、腰に備えつけられた拳銃が目に入り、きもが冷えた。


 居住区画内をひと回り歩き終わり、部屋の前まで戻ってくると、真柄先生は腕時計を見た。


「午後三時か。レクリエーションルームに暇つぶしになるものがあるから、時間を持てあましそうなら遊んでくるといい。ひと仕事片付いたらまたくるよ」と言って、真柄先生は去って行った。


 まだまだ聞きたいことが山ほどあるが、そのうちまた話をする機会もあるだろう。まずは安全が確保かくほされたんだ。ありがたく思わなければ。


 部屋に入った俺は、ベッドの横のかごに入れられていた俺の所持品しょじひんをたしかめた。洗濯せんたくされ、きれいにたたままれたTシャツと上着にジーンズ。現実世界から持ち込んだスマートフォンはあったが、バッテリーはやはり空らしく起動きどうしなかった。この世界で榛名から受け取ったひしゃげたスマートフォンやインカム、拳銃のたぐいはすべて回収されたらしい。肩の痛みはすでに無く、わき腹もわずかにうずく程度になっていた。これなら、もう入院服を着ている必要ないだろう。


 ふだん着ているのと同じものを身につけるとなんともホッとする。

 非日常に取り囲まれ、至るところから不安がとめどなく押しよせてくるなかで、わずかながらもやっとささやかな日常を取り戻せた。このちょっとした出来事が、おのれの心の支えになるのをしみじみと感じる。安心してしまったからだろうか、腰かけていたベッドに身を投げ出してしまった。


 一週間のあいだベッドにいたというのに、つかの間の安堵のなか、にじみ出る睡魔すいまに負け、俺は眠りへと落ちてしまった。

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