14-05 ちょっと待ってください。俺には、なにがなにやら

 俺と榛名の二人が、この世界を創った?


「ちょっとまってください。俺には、なにがなにやら――」

「八月七日だ」

「八月七日?」

「そうだ。この日は、この世界にとって特別な日となった。八月七日 一四時二四分三二秒。この時間に一つの大きな痕跡こんせきが現れた」


 八月七日 一四時二四分三二秒って……そうか。それは、


 ――色のうすい世界に、俺がはじめて迷い込んだ時間。


「さらに一八時二七分二七秒に、この世界が動きはじめた。この世界は、生まれてもないんだよ」


 その四時間二分五五秒後となる一八時二七分二七秒は、俺が色の薄い世界から映研世界へと戻った時間。


 映研、オカ研世界が交わるようになった起点きてん


――第二特異点だいにとくいてん


 第二特異点からこの三つ目の世界が動きはじめたのだとしたら、やはりあの色の薄い世界――静止せいしした世界が動きはじめたってことなのか?


 ……ってことは、俺が百年記念塔からこの世界に来た八月三一日。そこからあの白い部屋で過ごした数日間があったとして、いまは九月を数日過ぎたあたりだろうか。


 いや、ちがう。


 プラットホームで見たスマートフォンの画面を思い出せ。

 あのとき表示されていたのは、八月七日の二二時だった。そうだ、G―SHOCKも同じ八月七日を指していた。それで確信したんだ。百年記念塔の展望階から無数のとびらがただようワームホール空間。あれは過去へさかのぼっていた。八月三一日から八月七日へむけて。そして、最後の扉の先にあった風景、あれは、八月七日の色の薄い世界。


 ――過去へとタイムスリップした後、この三つ目の世界に俺は迷い込んだんだ。


 だけど、だとしたら、扉のさきにいた八月七日の俺がグラウンドへ踏み込まずに文化棟ぶんかとうへと戻ったんだから、世界の変質化へんしつかは食い止めていたんじゃなかったのか?


 変質化を食い止めたのなら、この三つ目の世界が生まれ、迷い込むことなど無かったんじゃないか?


 ――俺は、二つの世界の変質化を阻止そし出来なかったのか?


 解らない。

 解らないが、たったいまこの世界に巻き込まれている以上、なにも解決して――


「いや、磯野くんはすくなくとも、きみにとってのもう一つの世界、オカルト研究会の存在する世界を救ったんだよ」

「……え?」


 俺の思考を読んだかのような真柄先生のひと言。


「オカルト研究会の世界を救ったって、」

「さらに、きみの世界――映研世界の、世界の静止化をことに成功している。ただし、その二つの世界は、きみたち二人の過ごしてきた世界から分岐した、べつの世界線のことになる」

「俺たち二人の世界からの分岐?」


 真柄先生はうなずいた。


 俺たち二人の世界って……、けど、八月七日の色の薄い世界の扉の先で、俺は歴史を変え――


 そうか、扉の先の引き返した俺とその世界は救われたんだ。けれど、俺がいままで過ごしてきた世界は、救われた世界とはちがう分岐先として、


 ――いまだ変質化がつづく世界として存在しているのか。


 言い換えれば、俺がいた世界は救われることなくいまだに危機に瀕しているってことだ。


 たしかに真柄先生の言うとおり、俺は、世界を救ったのかもしれない。けれど、それは切り離された世界のことで、現状はなにも解決していないことに徒労とろう感に襲われてしまった。


 彼女の、霧島榛名のさまざまな顔が、俺の頭の中を埋め尽くしていく。


 救われた世界から切り離されてしまった、二つの世界。

 映研世界では榛名を捕まえきれず、オカ研世界の榛名も失ってしまったままだ。さらに三つ目のこの世界では、俺の目の前で、彼女が、この世界の榛名が殺されて、


 ――霧島榛名は、どの世界からも消えてしまう。


 ……冷静になれ。

 いまの俺には力があるんだ。俺を生かそうとする、世界を収束させる力が。俺はこの運命を変える力を使って、霧島榛名を救い出すんだ。だから――


「いまは、この世界の今日は、何月何日なんですか?」


 現状げんじょう把握はあくしろ。

 知り得た情報を使って、俺の力を最大限さいだいげんに生かすんだ。


 白衣の二人は顔を見合わせた。

 朝倉博士は満足そうにうなずいた。


「八月一四日だ。この世界が出来てからちょうど一週間になる。誤解しないでほしい。一週間、とは言っても、人類じんるい歴史れきしはきみたちの世界と同じ長さだけ存在する。解るかい? 人類すべてが同じ歴史の記憶を持ち、その歴史のうらづけとなる自然現象や書物しょもつ遺跡いせきなどさまざまなものが世界中に用意よういされている。つまり、この世界もまた、生きているんだ。きみのいた世界と同じようにね。宇宙が誕生たんじょうしてからの百三十八億年の歴史がこの世界にはあるんだ」

「……世界五分前仮説せかいごふんまえかせつ


 俺の言葉に二人はうなずいた。


 以前、三馬みまさんも話していた、八月七日の十時に新たな世界に書きえられたという話。世界五分前仮説、それが現実となってしまう事態じたい。しかし、朝倉博士の言うこの世界の生まれた原因、それがなんで俺と榛名なのだろう。


「磯野君がこの世界におとずれた際に起こったことを、こちらは正確には観測かんそく出来てはいない。しかし、君がいた世界と、もう一つの世界の相互作用そうごさようから弁証法べんしょうほう的に作り出されたこの世界は、二つの世界よりも進んだ文明ぶんめいを持つにいたった。ところがだ――」


 そこで朝倉博士は言葉を切った。そして、考えるように静かにうつむいて、うなずきながら顔をあげた。


「詳しくはのぞくが、礒野さんと霧島榛名さんの存在が、この世界を不安定ふあんていな状態にしてしまっているんだ」

「不安定な状態?」

「きみと霧島榛名さんの選ぶ人生の選択が、この世界にさまざまな影響を与え続けてしまっている。まさにこの瞬間もね」


 それが本当なら、世界の収束を見ようとしたにしても、あのメスで俺に自殺を図らせようとしたのはなんなんだ? かなり乱暴らんぼうな試みだったんじゃないのか?


「さて、磯野さん。いまの話を聞いて、この世界を安定させるにはどうするのが一番良いと思う?」

「この世界を安定させる方法……ですか?」

「そうだ。思いつくことを答えてみてくれ」


 俺と榛名の心と体の状態がこの世界に影響を与えてしまっているんだから、その原因となる俺たちに変化が無くなる状態、それって、つまり……


「俺と、榛名が、


 ――死ねばいいのか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る