14-08 あいつを殺すことだけを考えろ

「子供?」


 朝食後、部屋に訪ねてきた真柄先生に、俺は今朝のことについて尋ねてみた。


「たしかに、館内に何人かいたはずだが」

「どうして子供がいるんですか?」

「人間の感覚や、情報処理の過程かていにおける脳のはたらきを、この研究所の研究分野であるAI研究に役立てるために、彼らに協力しててもらっているんだ」


 人間の感覚、情報処理。

 人工知能の研究、か。


「あの、やっぱり気になるんですが、なんで人工知能の研究所に、俺が連れてこられたんですか?」

「この研究所が、国家機密のなかでももっとも厳重に秘匿ひとくされているからだ。いま磯野君は命を狙われている。その状況ときみの重要性から磯野君の所在しょざいを隠しておくには、数ある極秘ごくひ研究機関のなかでも特に存在自体が隠蔽いんぺいされている人工島、つまりこの場所がいちばん都合つごうがいいんだ」


 最国家機密のこの研究所にいれば危険が及ぶことはない、ということか。人工島なら陸続きの場所よりも安全だろう。いわゆるアルカトラズ島みたいなものか。


 それならなおさら、榛名をここに連れてきたい。


「あの、霧島榛名の捜索はどうなっているんですか?」

「いまのところ有力な情報は得られていないが――」


 真柄先生は口をつぐんだあと、少ししてから口をひらいた。


「近く霧島榛名さんの一斉捜索いっせいそうさくをはじめる。東京都に限定げんていしたローラー作戦になるが、以前得られた目撃情報と検問けんもんの状況から、まだ都内から出ていないとこちらは判断している」


 ……都内。榛名は東京にいるのか。

 現実世界の一二日に彼女を見つけた、あの色の薄い世界の砂浜。あれは、都内の海岸ってことになるのか?


「あの、俺も捜索に参加させてくれませんか」

「それはダメだ」

「けど――」

「きみに信用してもらいたいがために、あえてこの情報を打ち明けたんだ。我われを信頼してほしい。一度外に出れば、あの七日の夜のように、きみは危険に晒される」


 真柄先生は、そう言って俺の顔を見た。


「霧島榛名さんは我々が無事見つけだす。約束する」


 俺は、うなずかざるを得なかった。

 霧島榛名捜索の情報をあえて俺に打ち明けてくれた。それに報いておとなしくするのが本来の筋なのだろう。そう納得しようと自分に言い聞かせる。しかし、それでも俺の気持ちがおさまらない。


「なにか、俺に出来ることはないんですか」

「おとなしくここで待っていてもらえれば、それで十分だ」


 そうだ。昨日の案内ですれ違った警備員は、拳銃を携帯けいたいしていた。


 ――拳銃。


 あの日、榛名から拳銃を受け取り、それで俺は身を守ろうとした。

 この先、俺の身だけでなく、彼女を守るのであれば銃をあつかえなければならない。人工島にあるこの研究所が、自衛じえいのためにあの警備員たちを配置はいちしているのだとしたら――


「……あの、この館内に射撃場しゃげきじょうはないんですか」

「射撃場?」

「この研究所が孤島ことうなら、あの警備員たちの訓練場があってもおかしくない」

「……磯野君」

「真柄先生、あなたには感謝しています。けど、どうしても居ても立っても居られないんです。護身ごしんのためにも銃を扱えるようになっておきたい」

「……困ったな」




 居住区画と研究区画のほかにある三つ目の区画へ案内された。

 警備員の詰所つめしょと、外部への通信つうしん用の区画になっているらしい。その中にやはり警備員用の射撃場があった。居住区画とはちがい、屋内射撃場は金属がき出しの空間だった。館内の警備員であろう数名が、射撃訓練を行っていた。


 真柄先生は、警備員らしき一人に声をかけた。

 二人はしばらく話したあと、拳銃と弾倉、そして、よく映画で見るヘッドフォンのようなものをたずさえて近づいてきた。


「磯野君か。俺はここの警備をしている佐々木だ。これはグロック19。きみが七日の夜に所持しょじしていたグロック17をコンパクトにしたものだ。我われが扱っている拳銃のなかでこれが一番近いだろう」


 佐々木さんは射撃位置の一番奥端を指差した。


「あのブースでやろう。ついて来い」


 佐々木さんに射撃方法を一通り教わったのち、ヘッドフォン改めイヤーマフ、いわゆる耳栓みみせんをつけ、スライドを引き、安全装置を外して銃をかまえた。銃身じゅうしんの前後にある照準しょうじゅんをターゲットに合わせて引き金を引く。


 発砲と同時に起こる衝撃が、七日の、あの雨の夜の記憶を湧き起こさせる。二〇メートル先にあるターゲットに、あの男の顔が見えた。霧島榛名を撃った大男のあの目。引き金を引く。衝撃が走る。当たらない。もう一度。佐々木さんが、俺の射撃姿勢を直す。


 あいつを殺すことだけを考えろ。外せば殺される。


 殺される前に、

 殺せ。




 射撃のあと、居住区画に戻った俺は、区画一階中央にあるロビーのソファの一つに沈み込んだ。射撃をしていた時間は一時間程度だったが、もうヘトヘトだ。一日分の体力を使い果たしてしまったらしい。


 射撃をしているときに気づいたことがあった。

 あの白い部屋では曖昧あいまいだったが、記憶の重なっている箇所があった。おそらく、銃を扱ったことで記憶が呼び覚まされたようだ。


 霧島榛名から弾倉を受け取った記憶と受け取らなかった記憶。装填そうてん方法を教えてもらった記憶と、教えてもらう時間の無かった記憶。三階の窓に銃弾を撃ち込み、窓ガラスに亀裂きれつを入れた記憶。いままでぼんやりとしていた記憶の混線こんせんが、一気に鮮明せんめいになった。


 俺の頭の中には、二つどころじゃない記憶がバイパスのように通っている。おのれの死による生存世界への収束が今後も繰り返されたら、この記憶の重なりはさらに増えていくのだろうか。

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