13-10 もう一度、俺は、

 眩暈めまいのような感覚が俺を襲った。

 おもわず俺はかがみ込み、左腕だけを出して拳銃をデタラメに撃った。一発、一発の反動が、左ひじと肩に跳ね返る。


「え――?」


 瞬間、ずっしりとした疲労感が、全身におおいかぶさってくる。

 とまらない眩暈。突然の感情の混濁こんだくにおぼれてしまう。

 そんな中、雨音の隙間を、複数の銃声が埋めつづけている。


「――生きて、いる? なぜ弾がある?」


 直後、生きたいという本能に、死にたいという情動がドクドクと上書きされていく。


 この感覚――


 すでに弾は撃ち尽くしていることにいまさら気づいた。

 スライドが引かれた状態の拳銃を左手に持ち替え、上着のポケットから予備の弾倉を取り出そうとする。


 ――そう、そのなかに予備の弾倉があることを


 上着から取り出したはずの弾倉は、あまりの身体の重さに手がすべり床に取り落としてしまう。


 この体の重さ、前にも覚えがある。

 が、その思考よりも、いまは銃を――


 俺はもう一本の弾倉を上着から取り出し、弾倉交換をしようとするが、どうやればいいのかわからず手間取ってしまう。


 このモタつきが、撃ち合いのなかで沈黙を作り出してしまった。

 弾切れだと気づかれたのか、男たちの足音がゆっくりと近づいてくる。


「たしかここを押して、マガジンを……くそっ」


 殺された感触。そのような、人が体験し得るはずの無いものが頭のなかにべっとりとこびりつき、離れない。ショックと疲労から、体の震えを抑えきれないまま、銃の弾倉交換に手間取りつづけてしまう。


「……たのむ! しっかり……動いてくれよ!」


 突然、肩をつかまれ、車から引きずり出された。

 それで、いつのまにか運転席側のドアが開かれていたことに俺は気づく。ふたたび、うなだれた身を男たちの前に晒す。無理やり頭をあげさせられると、やはり、こめかみに重々しい銃口が押しつけられた。


 もう一度、俺は、


 ――死ぬのか


 脳みそをぶちまけられる感覚。

 もしその記憶を人が持ち得るとしたならば、この瞬間に世界に響いた轟音が、その直前の経験となるだろう。なぜなら、脳みそぶちまけるという感触を受容じゅようするために必要な器官は、すでに破壊しつくされているのだから。


 こうして、俺は、この世界で



「……マガジン!」


 また輪をかけて、沈み込むような身体中の重さと眩暈が俺を襲う。

 上着のポケットから予備の弾倉を慎重に取り出した。


 そうだ、これが、予備の一つ目。


 右手にある拳銃は、すでに空になった弾倉を床に落とし、スライドが引かれた状態のまま左手の予備の弾倉を待ち構えていた。弾倉がスッとグリップの内部に押し込まれるのがわかると、やっと安心して奥まで押し上げた。マガジンが固定されると、


 ――突然、強烈な自殺願望に、俺は支配されてしまう。


 おのれのこめかみに銃口を突きつける。


 それでも、衝動とはべつの、どこか冷静な俺の意識がいま己の身に起こっていることを分析した。


 この衝動、


 ――やはりドッペルゲンガーの収束のときとおなじものなのか?


 しかし、あのときとちがうのは、


 ――すでに俺は、二度死んでる。


「うおあああああああああ!!」


 。それが、とっさに俺のこめかみから拳銃を引き離した。


「敵を撃てよクソッタレがあああああああ!!」


 死にたがる己を大声で罵倒ばとうし、雨と涙でメチャクチャになった視界のまま、拳銃を外に出してひたすらに撃ちまくった。


 これで、五秒は延びたか。


 適当な数字が頭に思い浮かびながらも、己の寿命じゅみょうが秒単位で延長されたであろうことに、喜びとむなしさがごちゃ混ぜになった感情におちいった。三発、四発、三発と外に向かって撃ち続け、もう一度、腕を引っ込める。


 ――やはり、弾を受け取った世界に収束したんだ。


 そして、さっきの感じだと、まだ弾は残っているはずだ。

 ……うしろも威嚇しないと。


 たどたどしく思考する俺の脳が、ふたたび拳銃を窓の外に出そうと運動神経に命令を下したとき、突然、白い照明があたり一帯を照らし出した。フロントガラスから外を見ると、SUVの奥に赤い明滅めいめつが複数見えた。


 警察?


 ぼんやりとだが、無数の人影が車から降りるのが見える。

 銃撃が止んだ。拡声器を通したような声が、雨をって耳に届く。


 様子を見ようと、へだてるものの無いフロントガラスから顔を出したとき、俺に銃撃を加えていた男の一人が、無数の人影に銃を向けた。次の瞬間、男たちにむかって容赦ない銃撃が降り注いだ。無数の流れ弾が、車の周囲にまでばら撒かれる。俺はあわてて頭を下げてちぢこまった。


 三〇秒。


 おそらくそれくらいの時間が過ぎたのだと思う。叩きつける雨音の奥に、沈黙が生まれた。


 ……終わったのか。

 こいつらはなんなんだ?


 俺は身体を車内にうずめながら、運転席のフロントドアへ向けて銃を構えた。


 雨水を踏みつける、複数の足音が近づいてくる。


 割れたサイドガラスのさきに、バンのライトに照らされた人影が見えた。その人影は、俺を引きずり出すことなく、車から出てくるよう手招てまねきのジェスチャーをしてみせた。


 雨音が、わずかなとききざんでいく。


 出て行くべきなのかわからない。

 が、どうやったところでこの状況は完全に詰んでいる。もし殺されるなら、


 害がないことを示すために、俺は拳銃を車内に置いたまま両手をあげて車から出た。外には無数のパトカーと、いたるところに警察官がいた。


 手招きした警察官は俺と対面すると、俺に背を向かせて武器を所持していないかボディ・チェックをはじめた。武器が無いことがわかると、警察官は手錠てじょうを取り出した。


 そこへ白衣の見た目の男と、スーツを着た男の二人組が駆け寄ってきた。近くにいるはずなのに雨で顔がよく見えない。二人のうちスーツの男が駆け寄りながら、ふところからなにかを取り出した。


 そして、さりげなく、何事もないかのように、俺の右肩にを撃ち込んだ。


「なにを――」


 撃ち込んできた男の顔から、撃ち込まれた右肩へ顔を向けると、矢のようなものが刺さっているのがわかった。


 ああ、映画で観たことがある。これは、


 ――麻酔銃。


 頭に浮かんだその言葉が、なにが起こったのかを俺に理解させるころには、俺の視界は、この夜の闇よりも深く、深く、沈んでいった。




 13.三つ目の世界 END

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