13-09 なにかが変わったのだろうか

 加速しているにもかかわらず、じりじりと距離を詰められていく。

 SUVの一台が右から追い上げ、体当たりを仕掛けてきた。ガシャンという音とともに車に衝撃が走る。さいわい車体にたいしたダメージはない、と安心した瞬間、並走へいそうするSUVの窓から銃口が向けられた。


 屈み込んだ直後、二発の銃声とともに運転手席側のサイドガラスが割れ落ちた。破片が車内に飛び散る。その拍子に右の頬が切れた。


「――――ッ!」


 グン、と加速した車は、横にいたSUVを引き離し、赤信号の交差点を左に急カーブした。クラクションが鳴り響く中、並走していたSUVは曲がり切れずに、対向車線の乗用車と激突した。さらに回転しながら数台の激突音が、背後の路上にひろがっていく。サイドミラーに目を向けると、もう一台が追ってくるのが見えた。


 と、今度は前方から同じ車種のSUVが二台、左角から現れた。二台は車体を横に向けて進路をふさごうとしてきたが、俺を乗せた車は、加速したまま、二台の隙間すきまをギリギリ通り抜けた。


 追ってきていたSUVは、二台のSUVを避けるために急ブレーキをかけた。一方、道をふさいでいた二台は、急発進してふたたび追いかけてくる。時速一二〇キロを超えて車線変更を繰り返すこの車の背後に、二台のSUVが近づいてくるのが見える。


 加速しつづけているにもかかわらず、SUVは両サイドから追いつき、ふたたび並走してくる。目の前の交差点の信号が赤へと変わった。まるで高速シャッターのように前方をとめどなく流れていく車の流れに、三台は突っ込んでいく。


「ブレーキ!」


 左のSUVが、左車線から突っ込んできたトラックと激突し、その反動で俺を乗せた車の左フェンダーにぶつかった。その衝撃で右のもう一台のSUVにもぶつかりながらも、二台はなんとか交差点を抜け切った。背後では衝突事故を起こしたトラックとSUVを避けようとする車が、つぎつぎと玉突き事故を起こしていた。


 後方に燃え上がる炎を、俺はひしゃげたサイドミラー越しに見ていたが、それをさえぎるように、体勢を立て直しつつあるもう一台のSUVが映り込んできた。


 ヒビ割れたフロントガラスに水滴が落ちはじめる。

 俺はG―SHOCKを見た。時刻は午後十一時五七分。


 ――この世界の八月七日は、雨が降るのか。


 さきほどの衝突でダメージを受けたのか、加速し切れずにSUVに横に並ばれてしまう。右方向からの体当たりによって、ガラスのない運転席側のドアに衝撃が走る。すでに激しくなっている雨水が、車内にはじけ飛んできた。直後、くぐもった発砲音が三発鳴った。ゴムが叩きつけられるバタバタという音が鳴り響き、車体が左右に揺れる。パンクしたらしい。




 二台の車はコンテナターミナルへと入り込んだ。

 スコールのような豪雨ごううにみまわれ視界がおぼつかない。輸送用コンテナが積まれた区画の中を、二台は並走していく。


 SUVは、この車が加速かそく出来ないのを見て、前へ回り込み、頭を抑えてきた。車体がコンテナへ押し付けられ、速度を落とされてしまう。俺を乗せた車は、急ブレーキをかけ、バックしてUターンをして逃れようとするが、あとから追ってきたもう一台と鉢合わせになった。俺を乗せた車は、そのまま完全に停止させられてしまった。


 動かなくなったのを見て、前と後ろの両方のSUVのドアがひらいた。もうのがれられる余地のないこの状況になって、俺のなかにふたたび恐怖が湧き起こる。


 とめどなく打ちつける雨水で歪んだフロントガラス越しの視界に、SUVのグレーのシルエットから出てくる数人の人影が目に入った。ボタボタと車を打ち続ける雨音があらゆる物音をさえぎりながらも、銃を構えた男たちが、ゆっくりと迫ってくるのがわかった。


 ……どうすればいい?


 なす術もない中、かすかに雨を踏む足音が耳に届く。

 一歩ずつ、一歩ずつ、その足音が死を運んでくるのを、俺は確信する。


 サイドガラスの無い、運転席側のドアがひらき、俺は乱暴に引きずり出された。


 激しい雨の中、観念してうなだれた身を、男たちの前に晒す。

 無理やり頭をあげさせられると、こめかみに金属の鈍い感覚が押しつけられた。冷たい鉄のかたまりからこめかみへと、雨水が、やけにゆっくりと流れ落ちていく。


 いままで抱いていたどうしようもない絶望が一気に現実となり、長い一瞬を刻んでいく。


 あのとき、余計なことなど考えずに、銃弾を受け取っていれば――



 なにかが変わったのだろうか。

 彼女を助けることはできたのだろうか。

 数分は時間稼ぎができたのだろうか。

 数分程度でなにができるのだろうか。

 俺は、


 ――殺されるためにここにきたのか。


 そこまで思考を走らせた直後、右のこめかみから左にかけて、地震のような衝撃が走った。一ミリも離れていないはずのこめかみと銃口であるはずなのに、その轟音は、なぜかはるか彼方かなたで鳴り響いたように思われた。薄れゆく意識。残りわずかとなった己の知覚が、周囲を取り巻くすべてのものの解像度を下げていくのを俺は感知していく。そして、



 ――世界が、消えた。

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