11-06 彼女の手を絶対に離さないことだ

「その通り」


 三馬さんの描く変質化した世界の曲線の先が、まっすぐと上へびていく。


 画像URL https://30191.mitemin.net/i416108/


「指数関数的に時間の矢かられ、上へとカーブして行った先に、この世界とオカ研世界の時間は止まる。、が正しい表現になるな。ただし、時間が遡行そこうする――過去に戻る――ことは無いがね。ブラックホールに落ち込むようなもの、と言えばしっくりくるだろうか。我われにとっては自覚が無いままに、世界の静止をむかえることになるから、恐怖きょうふは感じなくてむだろう」


 先ほどうなずいていたちばちゃんと青葉綾乃と今川は、ポカンとした表情を浮かべた。

 千代田怜は難しい顔をしながら、ホワイトボードを見つめている。


 竹内千尋が目を輝かせて手をあげた。


「はい、竹内君」

「あの、昨日はピンと来なかったんですが、世界が止まった状態って……もしかして「色の薄い世界」になるってことですか?」

「ご名答めいとう! まさにその通りだ。君は本当にかんがいいな」


 色の薄い世界に、この世界が?


 ちばちゃんと青葉綾乃は竹内千尋に拍手はくしゅした。

 それにつられて拍手に加わる今川。

 頭をかいて照れる千尋。


「おそらく、色の薄い世界――静止した世界は、世界の墓場はかばと見て良いのだろう。なぜなら、未来の我々と科学者たちはそれを阻止したいからだ。そうなると『時空のおっさん』というのは、いわゆる墓守はかもりのようなものだろうか」


 墓守……その不吉ふきつな言葉に、一二日のあの晩に迷い込んだ色の薄い世界のプラットホームでの、どうにも曖昧あいまいなあの存在に、ざらついた感覚が胸をさわった。


 三馬さんは苦笑いをしながら手を振る。


「見当のつかないことを考えるのはよそう」


 三馬さんはホワイトボードのXY軸の交点ゼロ点を中心とした、例の波紋円を描き、変質化した世界の曲線との交点をそれぞれ指差した。


 画像URL https://30191.mitemin.net/i416349/


「我々がやらなければならないのは、この映研世界とオカ研世界の距離を引き離すことだ」


 え? けど、そんなことをしたら――


「あの、オカ研世界では二つの世界を引き離すと二つの世界の自体が難しくなると言われたんですが」

「ああ、私も最初はそう思ったんだ。ドッペルゲンガーとの接触による世界の変質化。これが行われることで、二つの世界の距離が拡大し、往来が困難になるとね。しかしそれは間違いだった。一昨日、磯野君が世界を行き来しても時間的な影響はなかった」


 たしかに、一昨日この世界に切り替わった瞬間はあのフィボナッチ数列により求められた時間からずれていなかった。そう、あの日の入れ替わり時間も、八月一六日 二一時〇四分五七秒ちょうど。


「それでも、二つの世界の距離は確実に拡大している。それはね、ドッペルゲンガーが出現した瞬間から、この図のように急激にカーブがかかりはじめたんだ。だからその影響は二つ世界を結ぶ波紋円の弧の距離が延びることで反映された。一昨日の晩、磯野君が体験した通り、いままでの入れ替わりとは違い、あの入れ替わりはワームホールのような空間と色の薄い世界の滞在時間を君が意識出来るまでに。映研世界とオカ研世界、そう二つの世界の距離が、人間が体感出来る時間にまで拡大してしまったんだよ」


 三馬さんは変質化した世界の曲線を結ぶ波紋円の弧をなぞった。


「つまりだ。この距離をさらに広げれば、霧島榛名さんのいる色の薄い世界への滞在時間を増やせる。霧島榛名さんの捜索そうさく時間をかせげるわけだ」


 三馬さんは二つの曲線の下の方にオカ研世界と書き、上の曲線はさらにカーブをキツく描き直して、映研世界と書く。


「距離を増やすには、一方の世界は変質化を進めることでさらにカーブをかけ、もう一方の世界は変質化を抑えることでカーブを最小限にとどめれば良い。そこで、図のように我々映研世界をさらに変質化させてカーブさせる。一方のオカ研世界で未来からどのようなメッセージが送られているかは分からないが、おそらく、オカ研世界の私が変質化をおさえるようにはたらくだろう」

「三馬、なぜオカ研世界は変質化を防ぐ方法に動くと思うんだ?」


 三馬さんは柳井さんを見て、自身の頭を人差し指で軽く叩く。


「降りてきたんだよ。昨晩遅くに、インスピレーションってやつがね。これはただの勘ではないだろう。並行世界の無数の私や、未来からの私の意思が、まるで重力のように、次元を越えて伝播でんぱしてきたのではないかと思う。……この状況を正常化された世界でも使えれば、私もラマヌジャンのような偉大いだいな科学者になれるのかもしれないがね」


 三馬さんは、よしと言って全員を見回す。


「では、皆さんには霧島榛名さんを救い出すための準備をしてもらおう。磯野君のドッペルゲンガーを手分けして探し、磯野君と接触させる。そうすることでこの世界の異質化をうながし、さらに映研世界の時間の流れにカーブがかかるよう仕向ける」


 三馬さんはホワイトボードの二つの世界の曲線を再び指差す。


「そうすれば次の入れ替わり時に波紋の弧の距離が延びる。過去へ向かう距離が延び、色の薄い世界への滞在時間が増える。これが増えれば増えるほど霧島榛名さんを見つけ出すチャンスが生まれる。理想を言えば、磯野君と柳井には見えるらしい、この世界に漂う霧島榛名さんを見つけ出せれば最高だな。もし見つけ出せたそのときは――


 ――彼女の手を絶対に離さないことだ。


ただその場で待っていればいい。『時空のおっさん』なる存在が駆けつけてくるだろう」




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※画像URLは『小説家になろう』にて、画像掲載用のサイト『みてみん』の各掲載ページとなっております。

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