10-03 何かの意思がはたらいていることになるだろう

 世界規模の異常観測?


「それっていったい……なにが起こってるんです?」

一言ひとことで言うなら、おそらくこの世界における特異点とくいてんである可能性が高いということだ」

「特異点?」

「この話は長くなる。むこうの私から話を聞いた方がいい」

「……三馬、午前一〇時のその観測から、なんでこのあとの磯野の入れ替わり時間がわかったんだ?」


 そこまで言った柳井さんは、ふと顔を上げて納得したようにつぶやいた。


「これも4時間02分55秒か」

「そうだ。特異点から4時間02分55秒後が、磯野君が色の薄い世界に訪れた時間になっている」


 三馬さんは、あわただしくテーブルの前を通り、ホワイトボードの前に立って、以下の内容を書き込んでいく。


 八月七日

 ・一〇時二一分三七秒 異常観測

 ―――― 4時間02分55秒

 ・一四時二四分三二秒 色の薄い世界への接触

 ―――― 4時間02分55秒

 ・一八時二七分二七秒 色の薄い世界からの脱出


「これ以降も、一秒のくるいも無く入れ替わりが行われているとしたら、このあと二一時〇四分五七秒に磯野君は入れ替わる。時間が一致いっちすればまさに運命的、いや、完全に何かの意思がはたらいていることになるだろう。そしてこの一連の起点きてんである一〇時一〇時二一分三七秒――」


 八月七日の一〇時二一分三七秒?

 その日時に妙なひっかかりを感じた。


 三馬さんは、しかしと付け加えたあと、腕時計を見て早口はやくちで言う。


「ここから先のことは、むこうの私が話してくれるだろう。それよりも急がねばならんな」


 三馬さんは腕時計を見たあと、大学ノートに目をやる。


「つぎに大学ノートの解析かいせきについてだが、特に何も見当たらなかった。異常な磁気の検出も無ければ、放射線ほうしゃせん反応はんのうも無い。ただ、筆圧ひつあつについては、


 ――このノートの塗り潰された部分も含めて、一回の圧力あつりょくのみで筆記ひっきされていることが解った」


 予想通りではあったが、と三馬さんはつけ加えた。

 柳井さんは驚いて、俺から大学ノートを受け取りテーブルの上にひろげ、重ね書きがされているページをひらいた。


「これが、一筆書ひとふでがきになっているってことか?」

「え?」


 オカ研メンバーがノートに顔をせた。


「そうだ。一人の磯野君の、一筆書き状態で書かれている。はんが押されていると言った方が近いか。を与えることで文字が浮かび上がるとすれば不思議ではない。超常現象という不可思議ふかしぎな事態の中にあるのはかわりはないがね」


 三馬さんは笑った。


「したがって磯野君が重なった状態でも、他の磯野君が出てきて書き込んでいるわけでは無いはずなんだ。もし他の磯野君が出てくれば、二人分の筆圧になるはずだからね。ということで、さっきのドッペルゲンガーはいささか驚かされたのだが――」


 三馬さんは、もう一度時計を見て「あと一二分か」とつぶやく。


「「文字の浮かび上がり現象」を起こそう。この事態に対する解決方法を示してくれるかもしれん。それでも無理なら、もう一冊ノートを用意して、磯野君のインフレーションによる集約しゅうやく状態を分離ぶんりさせよう。今回大学ノートに書く内容は――」

「ドッペルゲンガーに関することを中心にですよね」

「その通り。なるべく他のことは考えずに、ドッペルゲンガーについて意識を集中してから書き込んでほしい。そうしないとページがもつまい」


 俺はうなずいて大学ノートを手元てもとに引き寄せた。

 三馬さんから手渡されたペンを持ち直し、おもに今日発生したというドッペルゲンガーについて頭の中で言語化げんごかしていく。柳井さんから説明を受けたドッペルゲンガーへの対処法も付け加えながら、ゆっくりとペンをノートに近づけた。


 そして、次の瞬間、


 ――ノートに文字が埋め尽くされた。


 いや、ちがう。


 あまりのことに俺はもちろん、この場にいる全員がこおりつく。ページがめくられたそこには、


 ――何ページにも渡って、まったくの隙間すきま無く黒が埋め尽くされていた。


 なんなんだ、これは……。


 まるでホラー映画に出てくるような、ゾッとするこの光景にこの場にいる全員が圧倒された。

 沈黙を破って、三馬さんがボソリともらす。


「……こうなることもある程度は予想はしていたが、実際に目にすると、きもが冷えるな」


 三馬さんはノートを拾い上げ、次のページをめくった。

 次のページ? そう、次のページ、つまり最後のページは……、


 三馬さんは最後のページをひらいたまま、俺たちに見せた。

 柳井さんが「白紙か」とひと言。


「残念ながらね。何者かの意思が、このページに一言でも書き込んでくれていれば良かったんだが。ただ、どの並行世界へいこうせかいの磯野君にもちゃんと私が介在している。このことが明らかになったのはさいわいとしておこう。磯野君、もう時間が無いからこのあとのノートを用意して一時的なドッペルゲンガー対策としておくよ。むこうの私に会ったら、この件についても伝えておいてくれ」


 三馬さんは再び時計を見て「あと五分七秒だな」と言うと、鞄の中からもう一つ、腕時計を取り出した。


「この時計のストップウォッチと私のスマートフォンのストップウォッチアプリで、磯野君の入れ替わりを計測けいそくしたい。磯野君以外のこの中で、反射神経はんしゃしんけいのいい人にストップウォッチの計測をお願いしたいのだが」


 オカ研の三人の面子めんつは互いに顔を見合わせた。


「俺はそれほど反射神経は良くないぞ」

「柳井は確かにそうだな」と三馬さんが笑う。

「僕もシムシティとかは好きだけど、こういうのは苦手かなあ」


 みんなの目線が千代田怜に向けられる。


「えっ? わたし? いやいや……ご冗談を」


「千代田、お前よくドリフト走行会そうこうかいに行ってたよな。この前もインプレッサで――」


 柳井さんの指摘してきに、怜は目をおよがす。


「あれは……まあそうですけど、慣れですよな――」


 千代田怜に腕時計が手渡された。

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