05-03 そんな物騒なもんじゃないって

「磯野が気にしてるのは、柳井さんがなんで映研じゃなくて、オカルト研究会のサークル設立に至ったのかってこと?」

「そう」

「……なるほど。俺にしてみれば、なんでむこうの俺が映研の会長なのかは気にはなるな」


 柳井さんは神妙しんみょうな顔つきになって窓際まどぎわに腰かけた。


「むこうの柳井さんは自治会じちかいから頼まれたって言ってました。映研の部員が少なくて廃部はいぶになりそうだった。とか」

「そうなのか。オカ研も自治会の先輩の安斎あんざいさんから頼まれて設立したんだ。「オカルト部はトラブル続きだからさ、オカルト部とは別にオカルト系の受け皿となるサークルを作ってほしいんだよね。今度飯でもおごるからさー」という感じだ」

「なるほど」

「あ、そういえば……安斎さんにいまだに飯おごってもらってないぞ……」


 苦笑にがわいを返すしかない一同いちどう


「ちなみにそのトラブルって」

「心霊スポットめぐりだ。本家が人気なのもこれのおかげなんだが、いろいろとトラブルがえない。ただ学外がくがいにまで知れ渡るくらいの人気になっているから、自治会や学生部にとってはただただ厄介やっかいでしかないんだ」

「それで受け皿としてのうちというわけですか」

「ああ。とはいえ、入ってきたのはお前らくらいだから、自治会の意図通いとどおりにはいかなかっただろうがな。そんな経緯けいいだから、うちらは本家からは良くは思われてはいないだろう」

「どっちの柳井さんも世話好きですねえ……」


 そう呆れたように言う千代田怜の目は、わずかだが優しさを帯びているように見えた。


「あ、だからオカルト研究会って、愛好会あいこうかい同好会どうこうかいをすっとばして、いきなり研究会になってるんですね」


 人指ひとさし指を立ててひとり納得する怜に、意外そうな顔をした榛名が問いかける。


「え、サークルって全部研究会じゃないのか?」


「榛名って、いろんなサークル出入りするわりに全然知らないんだね。うちの大学では最低でも愛好会一年、同好会一年活動して、やっと研究会に昇格できるか審査しんさされる権利を得るんだよ」


「へー」

「研究会はイコール部室のあるサークルね。文化棟ぶんかとうの部室の数はかぎられてるから、自治会の昇格審査は毎年かなり厳しいことになってるよ」


 怜のやつ、やけに詳しいな。けどあいつ、そこらへんのことをいろいろと調べてた時期がたしかあったよな。


「そういえば、怜は一年のころにサークル作ろうとしてたもんね」


 竹内千尋のいまの言葉で思い出した。


「あ……あのネズミこうサークル構想こうそうか……」

「そんな物騒ぶっそうなもんじゃないって」


 俺の発言に「なにを人聞ひとぎきの悪いことを」と、手を振って笑う千代田怜。


「ネズミ講サークル? なんだ? わたしは知らないぞ」

「榛名が入ってきたのは去年の夏だろ。ネズミ講の話は新歓しんかん時期だから春の話だ」

「宝くじでも刷って、暴動騒ぎにでもなったのか?」

「アルバニア暴動なんてマニアックな知識、なんで知ってるんだよ……というかだな――」


 柳井さんは言葉を切り俺に振りかえる。


「もしかして磯野、むこうの千代田も同じこと仕掛しかけようとしてたのか?」

「ええ……はい」

「うわあ……」


 オカ研メンバーたちの引き気味の呆れ声にもひるむこともなく、千代田怜は無い胸を張って己の行動を正当化せいとうかした。


依存的いぞんてきコミュニティは、お金を生み出す最高の装置そうちだぞ。利用しないでどうするの」


 茶目ちゃめを出そうと慣れないウィンクをする千代田怜。

 ……うわあ、殴りてえ。


 柳井さんは「……たくましい奴だな」との一言のあと、聞かなきゃよかったという顔で腕を組み直した。そういえば、


「ところで柳井さん、こっちの世界の映研ってどうなってましたっけ?」

「確か……二年前までこの部室が映研部室だったはずだ。……今は同好会に格下かくさげになって活動していると思う。おそらく」

「てことは……もしかしたら、その自治会の安斎さんって人が映研、オカ研選択せんたく分岐ぶんきになったってことですか?」

「おおいにあり得るな。あとで安斎さんに当時のこと聞いてみる」

「なんだか、パラレルワールドっぽいですね!」


 ちばちゃんの言葉に竹内千尋が反応する。


「パラレルワールド……並行世界といえば――」

「どうした?」

「磯野が最初に迷い込んだっていう、時空のおっさんの世界に似た空間だけは、いまだに夢の可能性があるんだよね?」

「色の薄い世界のことか?」

「そうそう」


 ……え? あ、たしかに言われてみれば。


 映研とオカ研の二つの世界は、起きているときに入れ替わりを確認したんだから並行世界と見ていいだろう。少なくとも夢じゃない。だから、その発端ほったんになったらしい色の薄い世界も、


「あの世界から抜け出したときは、ちょうど夢から覚めたような感じだったな。……そうか、あの世界に関してはまだ夢の可能性も残っているのか」


 俺は、目が覚めたときに目の前にあった顔を思い出して、千代田怜を見た。


「え、なに、なんなの」


 勝手に狼狽うろたえる千代田怜。

 こいつはこっちの世界でもまったくかわらんな。

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