04-07 磯野がね、なんかおかしい

「磯野さん、もう一度書き込もうとしたら、また同じことが起こりませんか?」


 ちばちゃんから興味津々しんしんの実験提案。

 俺はうなずき、ボールペンを持つ。

 柳井さんと千代田怜も注目してくる。


 霧島榛名は、相変わらずパソコン画面をのぞき込みながら、キーボードとマウスをせわしなく操作していた。FPSでもやっているのか? いや、それより――


「そんなに注目されたら書きづらいだろ」

「なんでもいいからさっさと書きなよ。あかさたな、とかでいいから」

「そうだな。とにかく書いてみろ」


 あかさたなって……。


 投げやりな二人の指示に、俺はしかたなく思いつくままにペンを走らせた。


 ――あいうえお


 なにも起こらない。


 正確に描写びょうしゃすると、プリントに「あいうえお」と書き加えられただけで、その文字が書かれる前になにかが浮かび上がってくることも、書いたあとになにかが付け足されることもなかった。


 つまり紙に書くと文字が書き記されるという、原因と結果、いわゆるアリストテレスの因果性いんがせいおよび自然界における物理法則ぶつりほうそくがちゃんと成り立っていたのだ。普通はそうだよな。


「変ですね。さっきはバッて感じですごかったのに」


 ちばちゃんはバッという表現が気に入ったらしい。このあえて語彙力ごいりょく喪失そうしつさせた表現に、ちばちゃんの心に響くものがあったのだろうか。期待きたいが大きかったのだろう、ちばちゃんはなにも起こらないことに悄然しょうぜんとして、プリントを手に取って見つめた。


 ……まあ、超常現象なんてそう何度も起こったらたまらんわな。


 そんなことを思いながらも、この数日、俺の身に降りかかっている数々の理解不可能な現象を思い出して、どうしようもないため息が出た。


 意外いがいにも、柳井さんと怜に若干じゃっかん落胆らくたんが見えた。

 二人は、特にちばちゃんに対して、なんと声かければいいか躊躇ためらっているようだ。


 と、部室のドアがひらく。


「お疲れです。あれ? みんなでなにやってるんですか?」


 竹内千尋は、さわやかな笑顔で俺たちに問いかけた。


「あ、竹内さん、こんにちはー」

「磯野がね、なんかおかしい」

「怜、おまえ、もっとほかに言いようがあるだろ」

「じゃあ、磯野がおかしい」

「あのなあ」

「磯野に超常現象が起こったらしい」


 柳井さんのなんとも的確てきかくなひと言。とはいえ、それはそれで乱暴らんぼう過ぎやしませんか。


 柳井さんの言葉を聞いた竹内千尋は、あんじょう、キョトンとした顔で俺を見た。そりゃそうだとしかいいようのない竹内千尋の反応に、当事者とうじしゃの俺がなぜか苦笑いで返す。


一昨日おとといの夢の話とは別なの?」

「今回のはちばちゃんも目撃してるからな、本物だ」

「すごかったですよ! 磯野さんが書き込もうとしたら文字が浮かび上がって!」


 ちばちゃんはそう言いながら大げさにうんうんうなずいて、ことの重大じゅうだいさをジェスチャーで表現した。当事者の一人になったからなのか、すこしテンションがおかしい。


「へーそうなんだ! ところでみんなお昼食べた? まだなら学食がくしょく食べに行かない?」


 盛り上がるちばちゃんに対して、じょうのかけらもなくあっさりと話題を変える竹内千尋。

 ちばちゃんを見ると、意気込いきごんでいた笑顔が迷子まいごのままたたずんでいる。


 こいつはまったくの悪意あくいなしにこういうことするからな。

 本人的にはただマイペースなだけなんだろうが、たまにクリティカルヒットを繰り出してくる。だが、そう言われるとたしかに腹が減ったな。


「千尋! あんたちょっとは気を遣うってことをしなさいよ!」

「え、怜どうしたの急に」


 思いっきりのあきれ顔で説教をはじめる千代田怜に、またもやキョトンとする竹内千尋。この一方的にこじれていく流れに、ちばちゃんがあわあわしながら止めに入った。

 三人の様子に、柳井さんもさすがに苦笑いを浮かべながら、


「いったん昼にして食べ終わってからまたいろいろ検証けんしょうしてみるってのはどうだ? 榛名おまえどうする?」

「あー……わたしはいい。相手のスポッターが尻尾しっぽを出さないからな、おそらく持久戦じきゅうせんになる」


 ゲームの話かよ。


「みんな、学食行っちゃうんですか?」


 ちばちゃんは弁当箱を持って、さびしそうにみんなを見まわした。


「ちばちゃんまだ食べかけなんでしょ? お弁当持っていっしょに学食行こう?」


 怜にそう言われたちばちゃんは、パッと笑顔になった。なんだこの天使。俺は二次元の世界に生きているのか。


「榛名、あんたもほどほどにしなさいよ」


 そう言って怜は立ちあがると、それが合図になってほかのみんなも腰をあげた。


 榛名はキーボードを離した左手を振り、俺たちを見送った。

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