04-05 ちばちゃんも見た?

「……そもそも、夢の中で見た物が現実にあるわけ無いじゃん」


 ヘソを曲げすぎて一回転したような怜の顔が、上目遣いで睨んでくる。


 怜のらしのような問いなどあえて無視むししてもいいのだが、八日に柳井さんが気にしていたことについて触れてみる。


「けど一昨日、ここの元の部室が映画研究会だったって話もあったわけだし。そんな夢の中なら、ほかにも共通点があるかもしれないだろ?」


 あとここでは言えないが、霧島きりしま千葉ちはの名前のけんもな。


「あれは偶然ぐうぜんでしょ。なんでもかんでも結びつけてたらキリがないでしょ」


 オカルト話としては面白いネタのはずなのだが、いまの怜にとっては、俺の話のあしをとることのほうが大事らしい。俺の答えにワザとつまらなそうに鼻を鳴らした。にくたらしいが、いまのところはがいにもならん。捨て置こう。


「その大学ノート、わたしが持ってたら面白かったですね」


 一方のちばちゃんは、残念そうな笑顔を見せた。

 千代田怜よ、このちがいだよ。おまえもこういう気配きくばりを身につけてりゃすこしは可愛かわいげがあるんだがよ。


 ん? ノート?


 そうだよ。もう一人の俺とやり取りするなら、このオカ研世界と元の世界の両方で日記でもつければいいんじゃないか?


 こっちで日記をつけておけば、もう一人の俺が不在のあいだにこっちで起こったことも把握させられるし、これがきっかけとなって、むこうの世界でも同じように起こった出来事について、日記に書き置いてくれるかもしれない。


 日記じゃなくたって、メモ程度でもいいからどこかに書き留めておけば、相談ぐらいはできるだろう。いつまた元に戻るかわからないんだから、いまのうちに書ける情報は、なんでも書き込んだほうがいいだろうな。


 俺はスマートフォンからメモ帳をひらく。


 さて、書き出しはどうしようか。まずは挨拶あいさつからか? はじめまして……馬鹿らしい。もう一人の俺とはいえ、俺自身にあらためて挨拶とかおかしいだろ。


 とはいえ、メモを書くにしたって、いままでいろんなことがあり過ぎてまずなにから書けばよいのやら。こういうときは、あえて紙とペンを使って下書したがきでもしたほうがはかどったりするかもしれん。


 となりを見ると、いつの間にかちばちゃんが俺と怜のあいだに座っていた。彼女は鞄の中から、ピンクの花柄はながらのナプキンでつつまれた小さなプラスチック製の弁当箱を取りだして、テーブルの上に置いた。


 そういえば昼時ひるどきだったな。昼飯はいつもは家で食べてるからなあ。あとで学食がくしょくにでも行くか。


 と、ちばちゃんの弁当箱の横にプリント――九月祭くがつさい実行委員会からの出店申請書しんせいしょが雑に置いてあった。俺はそれを拾いあげ、おなじく置いてあったボールペンをつかむと、申請書を裏にして白紙をにらんだ。さてなにを書こう。


 ちばちゃんは、弁当箱からミートボールをはしつかみあげて、おいしそうに頬張ほおばっていた。そして俺がなにを書くか気になるのか、モグモグしながこちらを見てくる。まあ、見られても問題ないけどな。


 俺はまずプリントに日付といまの時間を書き込む。そして、一度手を止めてなにを書くべきか首をひねった。えーと……、


 ――もう一人の俺がオカ研不在のときの出来事について


 よし、これだ。お題さえ思いつけば、ここから箇条書かじょうがきにして、八日に俺が経験したことを書きつらねれば良い。ただ、ちばちゃんも見ていることだし、映研とオカ研についてひっくり返した内容で書いたほうがいいだろう。いやまてよ、ここまで決まったんならもう直接ちょくせつスマホのメモ帳に打ち込んでもいいんじゃないか?


 まあ……せっかくだし、このまま一度紙に起こしてみるか。


 俺はすでに書き込んでいる日付と時間のしたにボールペンを近づける。と、そのとき、目の前で起こった出来事に、思わず声をらしてしまった。


「え?」


 その声は、となりにいたちばちゃんの声とかさなり、部室にひびいた。

 目のまえで起きた、これもまた超常現象と呼ぶのであろう出来事に俺は目を疑った。白紙のプリントに書き込もうとして近づけたペンが、紙の表面ひょうめんへと届くその瞬間、


 ――俺の書こうと思っていたはずの箇条書きが、すでにプリントをくしていたのだ。

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