04-04 ば、馬鹿なこと言わないでよ!

 昨晩、意識がある中で入れ替わったわけだから、これが夢ではないことはもう一人の俺も理解したはずだ。しかし、お互いに二つの人生の記憶はあっても、入れ替わってからは、不在ふざいだったほうの世界の記憶は補完ほかんされていない。


 俺に関していえば、映研世界の八日の記憶。

 もう一人の俺は、オカ研世界での八日の記憶が欠落けつらくしているはずだ。


 二度あることは三度ある。

 そのうちまた、もとの世界に戻れたとしても、世界の入れ替わりが起こらないという保証はどこにも無い。俺と同じ立場である、もう一人の俺にしたって、それくらいのことは考えているはずだ。それなら、お互いの状況について情報共有きょうゆうしたいと思うのは同じだろう。


 たが、情報共有といっても、どんな方法がある?


 部室のドアがひらいた。ちばちゃんである。


「こんにちはー。あれ、磯野さん早い」

「おつー。ちばちゃんが来たってことはもうお昼か」


 そういえば、こっちのちばちゃんはあの大学ノートを持っているんだろうか。いままで考えもしなかったが、もしこっちのちばちゃんも持っているのなら、いまノートを見せてもらえば問題解決じゃないか。あのおびえた小動物より格段かくだん難易度なんいどが低いわけだし。


「ねえ、ちばちゃん。いまかばんのなかに大学ノートってあったりする?」

「大学ノート、ですか?」


 ちばちゃんは人差し指を口に当て、不思議そうな顔で首をかしげた。

 みずからの仕草しぐさ自覚じかくしているのかどうかはわからないが、はたから見れば非常ひじょうにあざとい首のかしげ方である。


 あざとい。あざといが……良い。


講習こうしゅう受けてたんで科目分かもくぶんは持ってますよ。ええと現代文と英語と生物と、あと……自習分に……ええと、四冊かな」


 ちばちゃんはそう言って、肩にかけてる鞄をのぞき込んだ。四冊以外にもまだありそうだが――そうだ、俺は知っている。


「ああ、あとは創作そうさくノートと、今日はスケッチブックはないかな?」

「……え? な、なにをおっしゃりまるす磯野さん?」


 文字どおり、絵を描いたように慌てふためくちばちゃん。とてもわかりやすい。たが、ちょっと可哀想かんいそうだったかもしれない。


「その……汚れたノートってないかな」

「え? そういうのはないですね」


 ふだんなら、なんでそんなことをくのかといぶかしがるのだろう。が、話の流れから自身の創作物について追求されると思っていたらしいちばちゃんは、思惑おもわく外れた俺の質問に、キョトンとしたまま答えた。


 嘘をついているようには見えない。この様子だと、こっちのちばちゃんは、あの汚れた大学ノートは持ってはいなさそうだ。


「磯野、汚れたって、なにちばちゃんにセクハラまがいなこと訊いてるの」


 横からまた見当はずれなことを指摘してきしてくる千代田怜。たしかに言葉面ことばづらだけ見れば……いやいや、想像力たくまし過ぎるだろう。


「セクハラって……怜、お前「汚れた」って言葉だけで、どんだけ想像力あるんだよ。なあ、どんなエロいこと考えてる? ちょっとくわしく」

「ば、馬鹿なこと言わないでよ!」


 俺のカウンターにあわてふためく千代田怜。


 榛名とは違って、こいつの本質は乙女おとめだからな。

 このたぐいの矛先ほこさきを本人に向けさせてやると、意外ともろい。だがエロいほうにむすびつける妄想もうそう力といい、この慌て方といい、もしやこいつ、なかなかのムッツリだな。


 あえて言おう。


「ムッツリだな」

「……なっ」


 俺の言葉に固まる千代田怜。


「いや、マジでムッツリだろお前」

「~~~~!!」


 怜は、涙目なみだめになりながら、声にならない声でもだえた。


  そうだ怜よ。お前にはつねに言葉に出して、トドメを刺しておくことが必要なのだよ。きっちりといきを止めておかないと、のちのちこいつは調子に乗るからな。


「あはは」


 手にあまる話題になると出るちばちゃんのこの笑い。これだけですべてを受け流せるんだから便利なものだ。この子は自分のキャラをかした処世術しょせいじゅう心得こころえている。

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